中国ドラマ「瓔珞-エイラク」-5

21年3月1日(月) 皇帝が愛した娘 固倫和敬公主(弘暦三女・母孝賢純皇后)-62歳死去 雍正9年5月24日(1731年6月28日)~乾隆57年6月28日(1792年8月15日) 三公主・ 固倫公主(グルニンジュ) 乾隆12年3月(1747年)-降嫁 夫-セプテン・バルジュル-乾隆40年(1776年)死去 住居-和敬公主府…
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中国ドラマ「瓔珞-エイラク」-4

21年2月26日(金) 如懿伝と延禧攻略のヒロイン 如懿伝(2018年) 弘暦が幼なじみ烏拉那拉・青桜(後の如懿、嫻妃)を嫡福晋として選んだところから始まり、弘暦の母・鈕祜禄(ニオフル)氏の横やりで側福晋として嫁ぐ事になる。 この時の嫡福晋が琅か(女に華、富察氏)と設定された。 如懿-継皇后嫻妃(かんひ)49 歳死去-烏拉那拉…
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中国ドラマ「瓔珞-エイラク」-3

21年2月24日(水) ラストエンペラー 愛新覚羅溥儀・アイシンギョロ・プーイー(アイシンジュエルオ・プーイー) 光緖32年1月14日(1906年2月7日)~1967年10月17日(61歳没) 名前は即位前を記述 宣統帝愛新覺羅溥儀→醇親王愛新覚羅載灃→醇親王愛新覚羅奕譞→道光帝愛新覚羅綿寧→嘉慶帝愛新覚羅永琰(父乾隆帝愛新覚…
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中国ドラマ「瓔珞-エイラク」-2

21年2月22日(月) 凄まじい物語で関わりあうと死んでしまうか、三十叩き・八十叩きなどの刑罰が待っている。 ネタバレで間違われることのが多い脇役。 生き残るのは初回から登場する陸晩晩(待選秀女→慶常在→慶貴人→慶嬪→慶妃。モデルは慶恭皇貴妃陸氏)と納蘭淳雪に婉嬪が目立つくらいか。 ドラマでは陸晩晩(耳にはリュ・ウェンウェンのよ…
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中国ドラマ「瓔珞-エイラク」

瓔珞 21年2月21日(日) やれやれ、三週間かけて「延喜攻略」・「Story of Yanxi Palace」70話すべてを見終わった。 YouTubeは日本語版がないので字幕の中国語が頼りだ。 本土では検閲で再放送ができないらしい、台湾版だろうか吹き替えは北京語は邱秋 、広東語は何璐怡が行ったそうで本土版でも吹き替えだそうだ…
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Tokyo-46

Tokyo-46 台東区 21年2月13日(土) 台東区の寺社-18 浅草寺金龍山-聖観音宗総本山 台東区浅草二丁目3-1 創建-推古天皇36年(628年) 檜前浜成・竹成兄弟が漁をしている最中、投網の中に一躰の像を発見した。 土地の長の土師中知に見せると、聖観世音菩薩の尊像であるとわかった。 本尊-聖観世音菩薩 …
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Tokyo-45

Tokyo-45 台東区 21年2月11日(木) 台東区の寺社-17 上野東照宮 台東区上野公園9-88 創建-寛永4年(1627年)東照社。 慶安4年(1651年)-三代将軍・徳川家光公が造営替(現存)。 上野戦争-慶応4年(1868年)5月15日・被災なし。 神仏分離令の為境内の五重塔を寛永寺に譲渡(現在東京都…
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武士道

21年2月8日(月) 潔き士の晩節を穢したのは事務総長と報道が伝えている。 やめるというのを組織を守るという言葉で恥の上塗りをさせた張本人は武士道という言葉を知らない官僚だった。
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Tokyo-44

Tokyo-44 台東区 21年2月6日(土) 台東区の寺社-16 下谷竹町 浅草の竹町は現雷門二丁目。 明治5年(1872年) 出羽秋田(久保田)藩佐竹家20万8000石上屋敷・伊勢津藩藤堂家32万3000石中屋敷・伊予大洲藩加藤家6万石中屋敷・出羽矢島藩生駒家1万5000石上屋敷を含む近隣の武家地が合併して起立。 …
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Tokyo-43

Tokyo-43 台東区 21年2月4日(木) 台東区の寺社-15 下谷上根岸町 明治22年(1889年)-東京府北豊島郡金杉村のうち、石神井用水以南が東京府東京市下谷区に編入される。 明治24年(1891年)-下谷上根岸町、下谷中根岸町、下谷下根岸町として起立。 昭和18年(1943年)7月1日-東京都発足、下谷上…
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Tokyo-42

Tokyo-42 台東区 21年2月1日(月) 台東区の寺社-14 新鳥越 正保2年(1645年)-浜町矢の倉にお蔵建設に伴って元鳥越の地は幕府御用地とされたため、熱田神社は移転が命じられる。 武蔵国豊島郡三谷村の北端に替地が定められ、同年6月には社殿を造営、氏子数十戸と共に遷座奉祀した。 町名は新鳥越と改められ、以降…
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Tokyo-41

Tokyo-41 台東区 21年1月23日(土) 台東区の寺社-13 三島神社-本社三島神社 台東区寿四丁目9-1 創建-元寇の弘安の役の際に河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、上野金杉村に分霊を勧請。 慶安3年(1650年)、徳川家光より社地移転を命じられ、金杉村に遷座。 宝永7年(1710年)-浅草小揚町…
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Tokyo-40

Tokyo-40 台東区 21年1月22日(金) 台東区の寺社-12 下谷入谷町 入谷田圃-入谷一帯は嘗て千束池で天正年間(1573年~1592年)、村民が池を埋め立て田にしたと云う。 明治24年(1891年)-下谷区下谷入谷町起立。 明治初年頃-鬼子母神で毎年7月上旬に開かれる朝顔市はじまる。 恐れ入谷の鬼子母神は…
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Tokyo-39

Tokyo-39 台東区 21年1月21日(木) 台東区の寺社-11 浅草諏訪町 江戸初期にはスワ町が存在していた。 明治5年(1872年)-この年まで浅草寺領。 明治22年(1889年)5月1日、東京府東京市浅草区浅草諏訪町。 明治44年(1911年)-町名につけていた浅草は昭和22年(1947年)まで廃止された。…
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Tokyo-38

Tokyo-38 台東区 21年1月20日(水) 台東区の寺社-10 鳥越神社-鳥越明神 台東区鳥越二丁目4-1 創建-伝孝徳天皇白雉二年(651年) 八幡太郎義家公奥州征伐(前九年の役)の折、白い鳥に浅瀬を教えられ、軍勢をやすやすと渡すことができたとき、鳥越大明神の御社号を奉られたいわれる。 伝承-景行天皇の御代、…
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Tokyo-37

Tokyo-37 台東区 21年1月19日(火) 台東区の寺社-9 熊谷稲荷大明神-日蓮宗長瀧山本法寺 台東区寿二丁目9-7 創建-享保年間の頃雷門の浅草寺境内にあった熊谷稲荷を熊谷安左衛門の菩提寺である本法寺に勧請。 熊谷稲荷の白狐-人間に福徳をわかつ福狐として白狐だけが稲荷大明神の御眷属にえらばれる資格があると云わ…
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Tokyo-36

Tokyo-36 台東区 21年1月18日(月) 台東区の寺社-8 稲荷町 振袖火事・明暦の大火-明暦3年1月18日(1657年3 月2日)~20日(1657年3 月4日)後、江戸各地の寺院がこの付近に移転。 唯念寺、成願寺、宗源寺、西蓮寺の各門前に町屋が形成された。 唯念寺門前町屋-「稲荷町一丁目」。 成願寺門前町…
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Tokyo-35

Tokyo-35 台東区 21年1月17日(日) 台東区の寺社-7 境稲荷神社 台東区池之端一丁目6-13 旧住所表示-東京府東京市下谷区下谷茅町2丁目 創建-文明年間(1469年~1487年)-足利九代将軍義尚により創祀。 忍が岡と向が岡の境に鎮座し、境稲荷と称されていた。 忍ケ丘-上野公園(台東区)。 向ケ岡…
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Tokyo-34

Tokyo-34 台東区 21年1月9日(土) 台東区の寺社-6 浅草田町 万治3年(1660年)-砂利場、江戸城修築の際に砂利採取場となる。 宝永元年(1704年)-町として正式に認可される。 「泥町」と称し、後に「浅草田町」と改称、一丁目・二丁目となる。 砂利場跡は一丁目、二丁目には編笠茶屋が軒を連ねた。 一・…
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Tokyo-33

Tokyo-33 台東区 21年1月5日(火) 台東区の寺社-5 浅草町(あさくさちょう) 浅草駒形町町民が亀戸村へ移住を命じられたが、天和2年(1682年)頃、亀戸村は場末のため「渡世の相成兼候」との理由で町民は浅草に移り住み山谷浅草町を起立。 明治2年(1869年)-南側に接する浅草山谷町と区別するため、山谷浅草町を…
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Tokyo-32

Tokyo-32 台東区 21年1月1日(金) 台東区の寺社-4 千束と竜泉 室町時代初期からこの辺り一帯を「千束郷」と呼んだ。 龍泉寺町の名称は古刹龍泉寺に因み寺周辺から新吉原附近まで及びこの一帯を「龍泉寺村」と呼んだ。 後に下谷龍泉寺町となり明治2年(1869年)下谷龍泉町となる。 さらに北豊島郡・下谷区と浅草区…
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謎多き寛永寺-5

20年12月30日(水) 寛永寺子院 公式ページで疑問に思ういくつかの子院を調べてみた。 林光院・見明院・元光院 明治3年(1871年)6月-見明院、妙教院が大学東校の使用として買い上げられる。 明治東京全図-明治9年(1876年)版には林光院・元光院は元の地にある。 林光院-東京府東京市下谷区上野桜木町34-1…
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謎多き寛永寺-4

20年12月23日(水) 宝樹院 将軍の母親を調べていると四代家綱の生母に興味を覚えた。 ウイキには娘時代の名前はお蘭。側室名はお楽の方。別名、高島御前と出ている。 三代家光-慶安4年4月20日(1651年6月8日)48歳死去。 大猷院殿霊廟は承応元年(1652年)建立 四代家綱-延宝8年5月8日(1680年6月4日…
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謎多き寛永寺-3

20年12月22日(火) 切絵図や寺・神社関係の文書や、歴史と思われている文書を鵜吞みにしなくなったのは何時の頃からだろう。 よく参考にする江戸切絵図の間違いに調べが進むと多いことに驚いた。 東都浅草に描かれる寛永寺だが。 山門は文殊楼、別名吉祥閣。 山門を抜けると荷担堂。 法華堂(東)と常行堂(西)の間に渡殿を設けてあるの…
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謎多き寛永寺-2

20年12月21日(月) 涼泉院=霊仙院、なんてことあるのかな。 廃院になった涼泉院は資料がほとんどなくて絵図から場所をたどったが、幕末から正徳までは中堂西-泉龍院跡地に確認できたが、それ以前は見つけられない。 妄想 ヨ大を合わせて霊というのはわかるが、音読みでレイ・リョウ、と読ませさらに仙(セン)は泉(セン・イズミ)と同音…
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謎多き寛永寺

20年12月20日(日) 謎の多い子院だが。 寛永寺に謎のヨに大と書く霊仙院が本坊西にあった、江戸大絵図-元禄十二年(1699年)版。 増上寺に葬られた霊仙院長誉慈光松月大姉が綱吉の異母姉。 綱吉は姉のための霊廟を建てたのだろうかと絵図を調べていると江戸大絵図-延宝6年(1678年)版にも出ている。 これで話は振出だ、いく…
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Tokyo-31

Tokyo-31 台東区 20年12月12日(土) 台東区の寺社-3 浅草松葉町 明治2年(1869年)-正定寺、松源寺等、5ヶ町の門前町と浅草浅留町、浅草坂本町が合併し起立。 明治11年(1878年)11月2日-東京府浅草区浅草松葉町。 明治44年(1911年)-町名につけていた浅草は昭和22年(1947年)まで廃止…
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Tokyo-30

Tokyo-30 台東区 20年12月8日(火) 台東区の寺社-2 加賀美久米森稲荷神社 台東区浅草橋三丁目16-8 旧住所表示-東京府東京市浅草区浅草猿屋町九 創建-加賀美太夫の邸内社「加賀美稲荷社」 次の資料を用いるサイトが多いが当てにしていいのだろうか。 加賀美太夫、条太夫という越後国猿屋村の猿曳が諸国漂泊の…
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Tokyo-29

Tokyo-29 台東区 20年12月6日(日) 台東区の寺社-1 蔵前四丁目 この小さなエリアに二つの小さな稲荷社がある。 春日通りが東西、国際通りが南北に交差する寿三丁目交差点南西側だ。 ただこの辺り昔の地名が入り組んでいる。 四丁目の南半分は東京市浅草区新旅籠町。 その北側には安政板切絵図には西福寺という大き…
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Tokyo-28

Tokyo-28 中央区 20年11月29日(日) 中央区の寺社-17 智泉院鎧島山-天台宗 中央区日本橋茅場町1-5-13 旧住所表示-日本橋茅場町一の十四 旧住所-南茅場町二十九番地 創建-寛永12年(1635年)薬師堂。 本尊-薬師如来 太田道灌が自分の領地の相模国大庭村より薬師如来を江戸に移したと伝わ…
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