横浜の堀(運河)と橋 06

2020年1月19日(日)
大江橋

大江橋と鉄橋話
堀川
万延元年(1860年)-開削-谷戸橋・前田橋架橋 木橋
文久元年(1861年)9月-西之橋架橋 木橋
明治4年(1871年)-堀川浚渫・拡幅 木橋 
明治20年(1887年)-谷戸橋横浜で4番目の鉄橋架設
明治23年(1890年)3月-前田橋鉄橋架設
明治26年(1893年)3月-西之橋鉄橋架設

この年譜は間違いはないようだが、西之橋が拡幅の時にどのような橋になったのか記録が見つからない。
いろいろなサイトの情報に横浜開港資料館発行の雑誌など調べてもよくわからない。
さらに横浜での鉄橋の架橋順を調べていて3番目はどこかを記述したサイトがない、横浜開港資料館発行横浜もののはじめ考に沿って記録をまとめてみたが大江橋で躓いた。


1番
吉田橋-(太田橋)明治2年(1869年)鉄橋架橋(日本二番目・長崎が一番目、銕橋-明治元年全長27m、全幅6m)
リチャード・ブラントンにより錬鉄製の無橋脚トラス橋に掛け替え。
この橋の情報は様々で確定していない。
プラントン手記
長さ約百フィート(約30.5m)、幅25フィート(約7.6m)
市史稿
橋長約13間(約23.6 m)、幅約5間(約9.1 m)、トラスの高さ約6尺(約1.8 m)
英領事報告
橋台間70フィート(約21m)、幅20フィート(約6m)

2番
都橋(野毛橋)-明治15年(1882年)起工、明治17年(1884年)1月竣工
設計三田善太郎-石川口製鉄所製作のボーストリング・トラス(ボウストリング・トラスBowstring truss)式鉄橋に架け替え。
この橋の情報
径間七十三尺(約22m) 幅員十八尺(約5.5m)
橋長11間3分(約20.3m)、橋幅3間(約5.4m)
橋の名の由来の桜橋(サクラギバシ)・柳橋・錦橋のうち桜橋については情報がない、明治3年(1870年)の地図に表れているが名前がサクラキバシ・大江バシ・永代バシと続いている、明治6年(1873年)にはサクラギ町通りが駅のわきに出てくる。
弁天橋はこの当時は鉄道寮が仮につけていた永代橋で出ている。

3番
大江橋-明治18年(1885年)?
2代目大江橋は-明治35年(1902年)のはずだが、横浜開港資料館発行横浜もののはじめ考(鉄の橋99p神奈川県統計書より)には3番目と紹介があるのだが。
この明治18年について他には資料が見当たらない、横浜の3番目はどの橋かほかに資料が出てこない。
横浜開港資料館発行川の町・横浜でも明治18年(1885年)の記述はない。

初代 木橋
明治3年(1870年)4月(ウイキペディア) 
明治5年(1872年)5月(横浜沿革誌-国会図書館コマ番号118)
明治三年五月・仝月大江橋橋臺及柱石建設工事ニ着手ス
工事請負人内田清七
明治五年五月竣工シ大江橋ノ名称ヲ付ス
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/993784
1872-大江橋
1872-大江橋.JPG
不明 鉄橋(横浜もののはじめ考) 
明治18年(1885年)設計 三田善太郎
橋長28間(約50.4m)、橋幅4間3尺(約8.1m)

二代 鉄橋
明治35年(1902年)12月架設 計画者 綿貫利彦
橋長27間8分(約49.1m)、橋幅5間5分(約9.1m)プラットトラス
明治38年(1905年)7月24日横浜電気鉄道「大江橋」から大岡川を越え関内エリアに延伸
関東大震災後、山下橋へ転用
1902-プラットトラス 
1902-プラットトラス.jpg
1905-電気鉄道開通-市電専用橋で通過
1905-電気鉄道開通-電専用橋で通過.jpg

三代
大正10年(1921年)3径間アーチ橋
全長32間(58.2m)幅は約13間(23.6m)
中央径間63尺(約19.1m)、側径間54尺(約16.4m)
1921-電気鉄道橋上通過
1921-電気鉄道橋上通過.jpg

4番
谷戸橋-明治20年(1887年)3月架設 計画者 清水保吉
橋長14間5分(約25.5m)、橋幅3間7分(約5.5m)

5番
花園橋-明治21年(1888年)3月架設 計画者 清水保吉
橋長29間3分(約52.7m)、橋幅3間7分(約5.5m)

6番
前田橋-明治23年(1890年)3月架設 計画者 土田鉄雄
橋長19間7分(約34.6m)、橋幅3間2分(約5.5m)

7番
港橋-明治26年(1893年)3月架設 計画者 野口嘉茂
橋長26間5分(約47.3m)、橋幅4間2分(7.3m)

8番
西の橋-明治26年(1893年)3月架設 計画者 野口嘉茂
橋長17間3分(約30.9m)、橋幅3間7分(約5.5m)

9番
豊国橋-明治30年(1897年)11月架設 計画者 手島十郎
橋長27間2分(約49.1m)、橋幅3間2分(約5.5m)

10番
錦橋-明治30年(1897年)11月架設 計画者 手島十郎
橋長10間2分(約18.2m)、橋幅3間5分(約5.5m)

11番-
吉浜橋-明治31年(1898年)3月架設 計画者 野口嘉茂
橋長27間2分(約49.1m)、橋幅4間2分(約7.3m)

12番
蓬莱橋-明治33年(1900年)1月架設 計画者 磯部為蔵
橋長17間3分(約30.9m)、橋幅3間(約5.5m)

13番
石崎橋-明治34年(1901年)2月架設 計画者 綿貫利彦
橋長5間8分(約9.1m)、橋幅3間5分(約5.5m)

14番
大江橋-明治35年(1902年)12月架設 計画者 綿貫利彦
橋長27間8分(約49.1m)、橋幅5間5分(約9.1m)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント