横浜の堀(運河)と橋 11

2020年1月24日(金)
桜橋(大岡川)・柳橋(派大岡川)・錦橋(桜川)・弁天橋(大岡川河口)

1)海風とともに横浜を感じる(みなとみらい周辺コース)
https://www.city.yokohama.lg.jp/naka/shokai/gaiyo/uokugaido/download.files/0011_20190306.pdf

1)海風とともに横浜を感じる(みなとみらい周辺コース)部分.jpg

1870-改正新刻横浜案内絵図-明治3年(1870年)
1870-改正新刻横浜案内絵図-明治3年(1870年)永代橋.jpg

1871-横浜弌覧之真景明治4年(1871年)部分-柳-錦-桜
1871-横浜弌覧之真景明治4年(1871年)部分-柳-錦-桜.jpg

1872-改正新刻横浜案内絵図部分
1872-改正新刻横浜案内絵図部分.jpg

1873-横浜明細之全図 橋本玉蘭斎貞秀-明治6年(1873年)部分
1873-横浜明細之全図 橋本玉蘭斎貞秀-明治6年(1873年)部分.jpg

1891-横浜真景一覧図絵 明治24年(1891年)部分
1891-横浜真景一覧図絵 明治24年(1891年)部分.jpg

大岡川下流域(野毛浦埋め立て後)
接続・派大岡川-桜川→桜橋→さくらみらい橋(人道橋)→大江橋→(入江)→仮橋→住吉橋(人道橋)→弁天橋→大岡川橋梁(昭和3年)・北仲橋→汽車道→国際橋


派大岡川-昭和52年(1977年)埋め立て完了、首都高横羽線。
中村川河口から太田屋新田埋め立てで東西に流れを替え、大岡川河口で野毛浦へ続く。
中村川→分流・派大岡川→吉浜橋→花園橋→港橋→豊国橋→(合流・吉田川)→羽衣橋→吉田橋→柳橋→(合流・大岡川)→接続・桜川

桜川(桜木川)-昭和29年埋め立て
運河-大岡川と石崎川(帷子川)を繋ぐ桜川(埋め立て後桜川新道)
明治三年(1870年)に、櫻木町の埋立ての際、 川敷の箇所のみを埋殘して、更に之に浚渫工事を加え、船便を通じたものが明治五年(1872年)五月に、櫻川と命名(横浜市史稿 地理編)
明治五年の項に「同月、桜木町の川に桜木川の名称を付す」(横浜沿革誌)
大岡川→分流・桜川→錦橋→緑橋→瓦斯橋→紅葉橋→雪見橋→花咲橋→大平橋→石崎川


柳橋(派大岡川)
明治5年(1872年)木橋架設
昭和元年(1927年)-ゲルバー桁橋架橋

市電専用橋が確認できないので年代が絞られる。
1902-横濱百景-柳橋ヨリ大江橋ヲ望ム-明治35年(1902年)~明治38年(1905年)
1902-横濱百景-柳橋ヨリ大江橋ヲ望ム明治35年(1902年)~明治38年(1905年).jpg

1882-柳橋川岸-電線電柱架設明治23年(1890年)9月以降
1882-柳橋川岸-電線電柱架設明治23年(1890年)9月以降.jpg

桜橋(大岡川)
明治5年(1872年)9月 桜橋(サクラギバシ)木橋
明治19年(1888年)廃橋
二代目桜川橋(大岡川)昭和52年(1977年)
1871-横浜弌覧之真景明治4年(1871年)

弁天橋(大岡川河口)
明治4年(1871年)-架橋 木橋
鉄道寮永代橋のちに弁天橋と改称
明治6年(1873年)木造アーチ橋
明治41年(1908年)9月にプレートガーダー橋
昭和51年(1976年)-鋼鈑桁橋
全長-54.4m・幅-27m・最大支間長-22.7m
1870-改正新刻横浜案内絵図-明治3年(1870年)永代橋

1873-左-錦橋(明治3年)木橋・右-桜木橋(明治5年)木橋→大江橋(明治5年)木橋→弁天橋(明治6年)木造アーチ橋
1873-左-錦橋(明治3年)木橋・右-桜木橋(明治5年)木橋→大江橋(明治5年)木橋→弁天橋(明治6年)木造アーチ橋.jpg

1875-横浜商館並ニ弁天橋図 横浜ステーション蒸気入車之図並海岸洋船燈明台を眺望ス 二代国鶴-明治8年(1875年)
1875-横浜商館並ニ弁天橋図 横浜ステーション蒸気入車之図並海岸洋船燈明台を眺望ス 二代国鶴-明治8年(1875年).jpg

1908-横濱辯天橋-明治41年(1908年)9月プレートガーダー橋
1908-横濱辯天橋-明治41年(1908年)9月プレートガーダー橋.jpg

遠景に大岡川橋梁の北海道夕張川橋梁(明治39年製)部分が見える。
1928-横濱名所 辯天橋全景-大岡川橋梁-昭和3年(1928年)架橋
1928-横濱名所 辯天橋全景-大岡川橋梁-昭和3年(1928年)架橋.jpg

錦橋(桜川)
明治三年(1870年)に、櫻木町の埋立で桜木川に架橋。
1870-改正新刻横浜案内絵図-明治3年(1870年)


大江橋
明治3年(1870年)4月(ウイキペディア) 
明治5年(1872年)5月(横浜沿革誌-国会図書館コマ番号118)
明治三年五月・仝月大江橋橋臺及柱石建設工事ニ着手ス
工事請負人内田清七
明治五年五月竣工シ大江橋ノ名称ヲ付ス
二代大江橋-鉄橋-明治35年(1902年)12月架設
前出-横浜の堀(運河)と橋 06
https://62506968.at.webry.info/202001/article_13.html


入江橋(大岡川河口付近)
大江橋通、住吉町間に入江あり
1870-改正新刻横浜案内絵図-明治3年(1870年)


さくらみらい橋(人道橋)-令和2年度に供用開始-中区桜木町1丁目~中区本町6丁目

仮橋
洲干島横浜仏語伝習所先から野毛浦お役屋敷付近。
仮橋文久3年(1863年)架橋、慶応3年(1867年)に朽ち落ちる。
1866-御開港横浜之全図 増補再刻慶応2年(1866年)部分
1866-御開港横浜之全図 増補再刻慶応2年(1866年)部分.jpg

仮橋
1873-横浜明細之全図 橋本玉蘭斎貞秀-明治6年(1873)

大岡川橋梁・北仲橋 (参照ウイキペディア)
大岡川橋梁-昭和3年(1928年)架橋
北海道夕張川橋梁(明治39年製)及び旧総武鉄道江戸川橋梁(2連)を昭和3年(1928年)に移設、平成6年(1994年)撤去
旧夕張川橋梁部分は汽車道の港三号橋梁として縮小移設
旧江戸川橋梁部分は江戸川に人道橋として復元移設
北仲橋
平成9年(1997年)6月に橋の南側半分(往復2車線道路)が竣工
平成14年(2002年)4月全面供用

タイトルは辯天橋だがどう見ても大岡川橋梁、仮橋のあった灯台寮の地域。
1928-横濱辯天橋-大岡川橋梁-昭和3年(1928年)架橋
1928-横濱辯天橋-大岡川橋梁-昭和3年(1928年)架橋.jpg

汽車道(参照ウイキペディア)
平成9年(1997年)開通
鉄道廃線跡を利用して1997年に開通したプロムナード



花咲町-明治5年11月に花咲町字1丁目から12丁目までを新設
(花咲町1丁目から3丁目の字区域が中区に属し、花咲町4丁目から7丁目の字区域が西区)
福島町-明治5年5月設置、昭和3年廃止(中区花咲町)
両町の間の横川に明治8年5月吉野橋架橋

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント