横浜の堀(運河)と橋 01
2020年1月16日(木)
野毛橋(現在の都橋)
大岡川
安政6年(1859年)架橋。
明治元年(慶応4年)1868年5月8日流失、再建。
明治5年(1872年)三間下流へ再架橋、都橋に改名。
明治15年1882年石川口製鉄所製作のボーストリング・トラス(ボウストリング・トラスBowstring truss)式鉄橋に架け替え。
(ウイキペディア)
明治15年(1882年)起工、1884年1月竣工
鑄鐵構桁橋 いくつかの数字が出てきた。
径間七十三尺(約22m) 幅員十八尺(約5.5m)
橋長11間3分(約20.3m)、橋幅3間(約5.4m)
絵地図などの登場は万延元年(1860年)の御開港横濱之全圖・橋本謙(玉蘭齋)画と東海道名所之内横浜風景・五雲亭貞秀で木橋の写真は見つからない。
東海道名所之内横浜風景-部分-

御開港横濱之全圖-部分

ボウストリング・トラスBowstring truss式鉄橋
野毛橋(現在の都橋)
大岡川
安政6年(1859年)架橋。
明治元年(慶応4年)1868年5月8日流失、再建。
明治5年(1872年)三間下流へ再架橋、都橋に改名。
明治15年1882年石川口製鉄所製作のボーストリング・トラス(ボウストリング・トラスBowstring truss)式鉄橋に架け替え。
(ウイキペディア)
明治15年(1882年)起工、1884年1月竣工
鑄鐵構桁橋 いくつかの数字が出てきた。
径間七十三尺(約22m) 幅員十八尺(約5.5m)
橋長11間3分(約20.3m)、橋幅3間(約5.4m)
絵地図などの登場は万延元年(1860年)の御開港横濱之全圖・橋本謙(玉蘭齋)画と東海道名所之内横浜風景・五雲亭貞秀で木橋の写真は見つからない。
東海道名所之内横浜風景-部分-

御開港横濱之全圖-部分

ボウストリング・トラスBowstring truss式鉄橋

この記事へのコメント