横浜の遊郭と火事の歴史-1

2020年2月9日(日)
港崎遊郭-1
横浜港開港 安政6年6月2日(1859年7月1日)

港崎遊郭(みよさき・みよざき・こうざき・スワンプswamp)
多くは「みよざき」としてあるが、古老の昔語りはこうざきが多い。

駒形仮宅
安政6年6月10日(1859年7月日)~
揚屋-岩亀楼・出世楼・井筒楼・泉楼・保橋楼
長屋-二文字長屋
会所・検番・料理屋・茶屋(豊吉)

港崎遊郭-1万5千坪(拝借地2万4千520坪)
安政6年11月11日(1859年12月3日)~慶応2年10月20日(1866年11月26日)

港崎遊廓細見
早稲田大学図書館 (Waseda University Library) 
miyozaki saikenki HTMLコマ7南草庵-元治2[1865]
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/wo06/wo06_03712/index.html

横浜市中央図書館所蔵
万延元年細見-岩亀楼-梅亭漁文序-万延元年(1860年)
近代書誌・近代画像データベース
http://school.nijl.ac.jp/kindai/YKHC/YKHC-00062.html#1

1860-横浜大湊細見之図-五雲亭貞秀-万延元年(1860年)6月   
1860-横浜大湊細見之図-五雲亭貞秀-万延元年(1860年)6月 .JPG

1860-横浜名所一覧-五雲亭貞秀-万延元年(1860年)
1860-横浜名所一覧-五雲亭貞秀-万延元年(1860年).jpg

1860-横濱岩亀楼見込之図-二代広重-万延元年(1860年)
1860-横濱岩亀楼見込之図-二代広重-万延元年(1860年).jpg

横浜居留地と周辺の火災
この時代の大きな火事といえば慶応2年10月20日の豚屋火事にて港崎遊郭焼失だが、火事の多さには手を焼く廛六消防だった。
大地震の災害は開港前で不明。

安政2年10月02日(1855年11月11日)武蔵・相模に大地震-江戸で圧死20万余、安政の大地震
安政6年6月(1859年)横浜開港と同時に8消防組が設置され、各組のまとい・組員・頭取が定まった。
民間消防、指揮は代官-家屋101戸・人口350人
万延元年1月(1860年)横浜最初の出初め式挙行。

文久3年11月12日(1863年12月22日)クニフラー商会火災
文久3年12月(1864年1月)廛六消防(外人居留地消防)誕生。指揮者石橋六之助?


慶応2年10月20日(1866年11月26日)
豚屋火事-市街地の3分の2焼失-郭内死者400人以上
午前八時末広町の豚肉営業鉄五郎宅から出火して港崎町・坂下町・太田町・弁天通・南仲通・本町・北仲通・海岸まですべて4丁目以東、海岸通は二丁目まで・外国人居留地1地番から70番までのうちフランス波止場以西が全焼して、71番からほむら道までも焼けた家が飛び飛びに見られた。

慶応2年-十八軒の妓楼と局見世八十四軒に遊女と男衆で千五百人が住んでいた。

1866-豚屋火事-慶応2年(1866年)
1866-豚屋火事-慶応2年(1866年).jpg

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