Tokyo-18

Tokyo-18
中央区
20年11月18日(水)

中央区の寺社-7

銀座
昭和22年に中央区が誕生する前は京橋区。
ウイキペディアにある地域の元の町名地図
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9d/Ginza-townmap-kyobashiward.png
明治2年5月(1869年)-新両替町と三十間堀西側等を合わせ銀座一丁目から銀座四丁目が成立した。
昭和5年(1930年)-現晴海通り南側の9町域を統合して銀座五丁目から銀座八丁目成立。
昭和44年(1969年)4月1日-住居表示実施、銀座一丁目に未実施の銀座東一丁目を編入、銀座二丁目から銀座八丁目も同様に実施され銀座東は消滅。


熊谷稲荷神社
中央区銀座7-12-9
熊谷次郎真実(直実の間違いだろうか)がこの地の住人に乞われて護持の神札をさずけたという。
木挽町六丁目東豊玉河岸へ祭祀、町の鎮守として守られてきた。 (三十間堀の河岸、松村町北西端から木挽町七丁目南東端までで広域だった。)
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災状況不詳。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災から免れる。
昭和25年(1950年)-社殿修復。
昭和63年(1988年)-社殿改築。
銀座7丁目ビル建て替えにより、鉄砲洲稲荷神社に遷座。
平成30年(2018年)3月2日-元の場所から町内へ戻ってきた。
前は脇道に平行だったが今は花椿通りへ正面を向けている。
祭神-宇賀乃御魂神・八幡大神
お狐様は小ぶりの白と、足下に置かれた石造りが共に戻られた。 石造りの阿像は宝珠と子供、吽像は宝珠を抑えている。
銀座熊谷稲荷神社-平成25年(2013年)10月31日
銀座熊谷稲荷神社-平成25年(2013年)10月31日.JPG
銀座熊谷稲荷神社-由来-平成25年(2013年)10月31日
銀座熊谷稲荷神社-由来-平成25年(2013年)10月31日.JPG
銀座熊谷稲荷-平成30年(2018年)
銀座熊谷稲荷-平成30年(2018年).jpg
紹介されることは少ないが神田ふれあい通りの外れ東松下町にも通称熊谷稲荷と云われる社がある。
どなたがお守りしているかなど詳細が分からない。
GoogleEarthで覗いてみたら手入れの行き届いた様子が窺がえる。
も一度覗くと消えている、どういうこっちゃ。
運が良ければ画像が出てくる、お狐様の霊力。
撤去について東松下町内会のページでは触れていない。
町内会の区分が違うのだろうか。
千代田区神田東松下町45
(熊谷稲荷)-平成25年(2013年)8月29日
中央区神田東松下町-熊谷稲荷-平成25年(2013年)8月29日.JPG
GoogleEarth・神田東松下町-令和2年(2020年)11月7日
神田東松下町-a-令和2年11月7日.jpg

幸稲荷神社
中央区銀座1-5-13
古くは目抜き通りに鎮座し、そこに太刀の市が立てられたことから太刀売稲荷と呼ばれていました。
銀座の再開発に伴い目抜き通りから立ち退き、並木通り沿いに移転。
平成25年(2013年)3月16日-再開発のため一時的に山王日枝神社の境内に仮遷座。
元地は角地で現在は「NEW YORKER」の銀座店。
元の社の地にあった大イチョウは近くの緑地へ植え替えられた。
平成26年(2014年)11月11日-再建、遷座祭。
銀座西一丁目町会・町会便り
幸稲荷神社は、江戸時代から銀座一丁目のわが町内に祀られています。
御祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。
須佐之男神(すさのおのかみ)の御子神で、倉稲魂尊(うかのみたまのみこと)と同一神です。
詳細な由来は不明ですが、京都の伏見稲荷から勧請され、この地に祀られています。
江戸時代、刀や脇差の市がたったため太刀売稲荷と呼ばれていた時期もあったそうです。
縁結び、商売繁盛、家内安全にご利益があることでも知られています。
明治の大火や、関東大震災、戦災の後も、街に住む人たちの手で再建されてきました。
初午は、稲荷神社御鎮座の日が、二月始めの午の日であったことに由来します。


銀座稲荷神社
中央区銀座2-6越後屋ビル屋上
銀座稲荷の社は、始め銀座二丁目の裏通りにありましたが、戦後の昭和30年頃稲荷社の周囲の家の改築により裏通りがなくなり、当ビルの裏側の空き地に一時お祀り致しました。
昭和40年頃にビル内の7階にお移しし、更に昭和61年に当ビル屋上に、そして平成22年新ビル落成と共に新しく台座を設けて、ビル屋上にご鎮座する事となりました。
現在、銀座稲荷社では毎年四月の丑の日に盛大な大祭が行われております。
銀座越後屋 八代目 永井甚右衛門
(銀座稲荷社由来記より)
祭神-記載文書なし・ただ上記文書では豊川稲荷について触れている。
普段は一般公開されていません。
越後屋ビルの屋上に祀られていて、“銀座八丁神社めぐり”(オータムギンザ)開催中には1階で参拝出来ます。
越後屋ビル-平成25年(2013年)11月11日
越後屋ビル-平成25年(2013年)11月11日.JPG

朝日稲荷神社
中央区銀座3-8-10銀座朝日ビル
古来より当地に鎮座
大正6年(1917年)-銀座を襲った大海嘯によって、三十間堀より霊体が顕れ、建築業館岡其が当地に奉安したが、関東大震災により転地を余儀なくされ、神社は銀座三丁目町会の奉斎するところとなった。
戦災のため社殿はことごとく烏有に帰した。
戦後社殿を再建し、昭和27年宗教法人朝日稲荷神社となる。
昭和58年、隣地の大広ビル改築にともない、共同ビルを建築するにいたった。
ビル一部の1・2階を吹抜け拝殿とし、本殿を屋上に安置したが、パイプにより大地につながり、拝殿での参拝が本殿に届くよう工夫されている。 (朝日稲荷神社 縁起より)
朝日稲荷神社-平成25年(2013年)11月11日
朝日稲荷神社-平成25年(2013年)11月11日.jpg
大正6年(1917年)10月1日-関東地方を南西から北東に縦断し、首都のを直撃した台風は東京湾台風と名がついた。
被害は近畿以東を中心として3府1道25県に及んだ。
被災-死者・行方不明者数1324人、全壊家屋4万3083戸、流出家屋2399戸、床上浸水19万4698戸。
東京府の死者・行方不明者数563人。


宝珠稲荷神社-貨珠稲荷神社
中央区銀座3-14-15
創建-元和元年(1615年)頃、板倉内膳匠重昌の邸内神として祭祀。
宝暦年間岩見の国津和野の城主亀井家に譲渡された。
大正7年(1908年)-岡山の岡崎家に売却後に敷地と共に地元木挽町三丁目氏子に寄進された。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災状況不詳。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災状況不詳。
昭和25年(1950年)-地元氏子有志が隣接地を買収、社殿及社務所を建設。
祭神-記載文書なし。
狛犬-阿像は玉持ち・吽像は子持ち。
お狐様-社殿前・細身のお姿で、左は珠を咥え、右は鍵を咥えている。

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