Tokyo-19

Tokyo-19
中央区
20年11月19日(木)

中央区の寺社-8

歌舞伎稲荷神社
中央区銀座4-12-15
創建-年代不詳。
祭神-記載文書なし。
社の幟に歌舞伎稲荷大明神。
鉄砲洲稲荷から勧請と伝わる、平成25年(2013年)に建て替えられたときに正面右の地下鉄出入り口の脇に遷座された。
噂-屋上に奥宮が建てられパイプで1階とつながる。
歌舞伎稲荷神社-平成25年(2013年)12月13日
歌舞伎稲荷神社-平成25年(2013年)12月13日.JPG

弥左衛門町(やざえもんちょう)
寛永5年(1628年)-「内町」と称していたが、収公され、ここに移転。
弥左衛門はその草分名主の名前。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)-江戸府。
明治2年(1869年)-西側の勧左衛門屋敷を合併。
明治11年(1878年)11月2日-東京府京橋区。
明治22年(1888年)5月1日-東京府東京市京橋区。
昭和5年(1930年)-銀座西四丁目に編入となり消滅。

寳宝童稲荷神社
中央区銀座4-3-5
宝童稲荷神社は路地の奥だ、天賞堂の裏手、鰻の登亭のわきの道を入り私道の標識をぬけて右へ曲がると赤い鳥居が見える。
城内紅葉山に子育てを祈願する宝童稲荷神社があり、弥左衛門はこの神霊の分祀を願い出て許されるやこれを町内の氏神としました。
平成28年(2016年)-宝童稲荷参道は「猿結参道・えんむすぶさんどう」と言われている。
細い参道だが名古屋商工会館がビルを立て直しの時に寄付してくれた土地。
お猿のアート(渡辺元佳氏 作)が手招きしている。
祭神-記載文書なし。
宝童稲荷-平成25年(2013年)11月11日
宝童稲荷-平成25年(2013年)11月11日.JPG

三囲神社銀座摂社
中央区銀座4-6-16銀座三越屋上
銀座出世地蔵尊を合わせ祀る。
地蔵尊-明治のはじめ三十間堀から掘出されとたと伝わる。 地元の鳶職が銀座4丁目3番地辺の空地へ安置。
開運・出世・延命・商売繁盛の御利益があると広まりお堂も小屋から木造になり毎年7日、18日、29日がご縁日が開催された。
昭和43年(1968年)-銀座三越が新築するに際して元の「美松」跡より屋上に移し当所へ移設。
三囲-文和年間に社殿再建の折、白狐が御神体を三度めぐったという故事により「みめぐり」と呼ばれる。
尚、三井家(三越の前身)の守護神として三越本支店、屋上に祀られ、又御神体は向島言問橋近くの御本社(向島三囲神社)に安置されている。
祭神-地蔵尊、宇迦之御魂命
銀座出世地蔵尊
銀座出世地蔵尊.JPG
銀座出世地蔵尊-お堂(中には三十間堀がら出現のお地蔵様)
銀座出世地蔵尊-お堂.JPG
銀座出世地蔵尊-お堂内.jpg
三圍神社-銀座三越a-平成25年(2013年)11月11日
三圍神社-銀座三越a-平成25年(2013年)11月11日.JPG
三圍神社-銀座三越b-平成25年(2013年)11月11日
三圍神社-銀座三越b-平成25年(2013年)11月11日.JPG
三圍神社-銀座三越-由来-平成25年(2013年)11月11日
三圍神社-銀座三越-由来-平成25年(2013年)11月11日.JPG

あづま稲荷大明神
中央区銀座5-9-19
訪れた時に、幟に通りの名はあづまだが扁額は東稲荷大明神。
あづま通り・三原小路の町内一同で京都伏見稲荷講中をつくり、あづま稲荷大明神と命名、京都伏見稲荷大社にお参りし、御霊を頂く。祭神-記載文書なし
東稲荷大明神-平成25年(2013年)10月31日
東稲荷大明神-平成25年(2013年)10月31日.JPGあづま稲荷-由緒
あづま稲荷大明神.jpg



靍護稲荷大明神
中央区銀座6-10-1
文化12年(1815)-根岸に奉安される。
昭和4年(1929年)2月18日-松坂屋銀座店屋上に分霊。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災状況不詳。
平成29年(2017年)4月20日-「GINZA SIX」オープンと共に屋上に遷座。 由緒に祭神の由来が伏見と豊川、祭神が違うことに気付いていないのか錯綜していた。
1-山城伏見の本宮より勧請。
伏見稲荷-宇迦之御魂大神
2-三州豊川稲荷大明神・神靈と共に奉祀。
豊川稲荷-豐川吒枳尼眞天
靍護稲荷大明神-由来
靍護稲荷大明神-由来.jpg
靏護稲荷大明神由来-荒川区東日暮里4丁目36−18
日暮里-由来.jpg

成功稲荷神-満金龍神成功稲荷
中央区銀座7-5-5資生堂本社
普段は一般非公開。
銀座八丁神社めぐりの開催中のみ、参拝可能になる。
由緒
「昭和2年に資生堂の初代社長が豊川稲荷から勧請したのが始まり。満金龍神成功稲荷を祀っており、商売繁昌、事業成功にご利益があるとされている。」
オータムギンザ・銀座八丁神社めぐり”パンフレットより


豊岩稲荷神社
中央区銀座7-8-14
江戸初期からこの地)に火防神・縁結神として信仰を集め、守護神として篤い信仰を集めてきた。
明治6年1月170日-日枝神社神職の兼務となる。
昭和初期-歌舞伎役者市村羽左衛門からの崇敬が篤かった。
祭神-保食神(宇気母智神)或は倉稲魂神
お狐様-少し怖いお顔で参拝者をお出迎え。
阿吽共に玉持ち・尾は太く立ち上がっている。
豊岩稲荷神社-由緒
豊岩稲荷神社-由緒-平成25年(2013年)10月31日.jpg
豊岩稲荷神社-路地口-平成25年(2013年)10月31日
豊岩稲荷神社-路地口-平成25年(2013年)10月31日.JPG
豊岩稲荷神社-平成25年(2013年)10月31日
豊岩稲荷神社-平成25年(2013年)10月31日.JPG

八官町
1-元和年間(1615年~1624年)オランダ人ヤヨウス・ハチクワンにちなんでつけられた。
ヤヨウス・ハチクワン=ヤン・ヨーステンでいいのだろうか。
八代洲(やよす)河岸の読みも書物によって様々ある。
2-元和年間(1615年~1624年)-「八官」という中国人に宅地を給したことによる(江戸志)。
中国人と間違えられる原因はヤン・ヨーステンのことが、耶揚子(耶楊子)と漢字であらわされたからではないか。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府。
明治4年(1871年)までに佐兵衛町を合併。
明治11年(1878年)11月2日-東京府京橋区。
明治22年(1889年)5月1日-東京府東京市京橋区。
昭和5年(1930年)-銀座西八丁目に編入となり消滅。


八官神社(はちかんじんじゃ)
中央区銀座8-4-5
旧住所表示-京橋区八官町十二番地
昔の名は穀豊稲荷。
創建-播磨の明石に鎮座する明石稲荷が京都大内家へ勧請され、それを井上若狭が元禄年間(1688年~1704年)に当地へ勧請。
明治2年(1869年)-加賀姫稲荷を合祀
明治2年(1869年)-焼失。
明治5年(1871年)-再建。
明治8年(1875年)5月-村社に列格。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災-被災状況不詳。
昭和5年(1930年)-町が銀座八丁目になることに名を惜しんで、八官神社と名称を変更。
昭和12年(1937年)-鉄筋コンクリート造りとなる。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災状況不詳。
昭和57年(1982年)-八官3110ビルになる。
祭神-記載文書なし。
銀座八丁神社めぐりの一社。
八官神社-平成25年(2013年)10月31日
八官神社-平成25年(2013年)10月31日.JPG

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント