Tokyo-21

Tokyo-21
中央区
20年11月21日(土)

中央区の寺社-10

佃町(つくだちょう)
江戸期以前は隅田川河口部分に森島、鎧島等と呼ばれる島があった。
佃島-家康が江戸に入った時に命を救ってくれた摂津佃村の漁民たちを江戸に呼び寄せ、特別の漁業権を与えた。
石川島-寛永3年(1626年)旗本石川八左衛門重次が徳川家光から拝領。
現在の佃一丁目、佃二丁目北部は、石川島と佃島の場所に当る。
明治5年(1872年)-江戸時代後期から石川島・佃島の埋め立てが進み佃町となる。
明治11年(1878年)11月2日-東京府京橋区佃町。
明治22年(1889年)5月1日-東京府東京市京橋区佃町。
昭和18年(1943年)7月1日東京都京橋区佃町。
昭和22年(1947年)3月15日-日本橋区と京橋区が合併、中央区成立、東京都中央区佃町。
昭和39年(1964年)9月-佃大橋の完成により、正保年間(1645年~1648年)から続いた佃の渡しは廃止された。
昭和42年(1967年)3月1日-住居表示実施。
一・二丁目に分割。
新佃島西町一〜三丁目が二丁目の一部に編入。
新佃島東町一〜二丁目は三丁目となった。

森稲荷神社
中央区佃1-4-4
正保元年(1645年)-摂津から移り住んだ森一族が、森家邸宅内に稲荷神を奉祀。
祭神-記載文書なし。
民家に挟まれてひっそりと鳥居に社がある。


於咲稲荷・波除稲荷神社
中央区佃1-8-4
創建-年代不詳。
祭神-記載文書なし。
鳥居は一つ、社は別。
鳥居の扁額は二社の波除・於咲の名が並ぶ。
鳥居の後ろの玉垣の標柱左は波除稲荷神社、右に於咲稲荷神社。 境内に入ると力石(さし石)あり(東京都指定文化財)左は波除稲荷大明神の社、右へ回れば小ぶりの石鳥居と於咲稲荷大明神の社。


柏山稲荷神社
中央区月島3-16-4
家に社と鳥居を迎え入れたような下町の稲荷。
お狐様は小ぶりだが阿吽そろって優しさがにじんでいる。
左は阿像で宝珠を持つ、吽像は宝珠、子持ち、共に尾はふっくらと立っている。
祭神-記載文書なし。


浜町神社
中央区日本橋浜町3-3-3トルナーレ日本橋浜町
創建-天明年間・島津稲荷
祭神-稲荷大神
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、焼失。
鉄筋にて再建。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、焼失。
昭和27年(1952年)-再建。
永楽土地株式会社より敷地の寄贈を得、名称も浜町神社と改めた。 末社-陶栄神社
祭神-埴安大神・加藤四郎左衛門景正命・加藤民吉命


三囲神社日本橋三越本店摂社
中央区日本橋室町1-4-1
大正3年(1914年)9月21日-日本橋三越本店屋上に分霊が祀られる。
お狐様-阿吽共に脚立ち、阿像は珠を咥え、吽像は巻物を咥えている。
活動大黒天-三囲神社の末社、伝左甚五郎作の大黒天(大國神)御分霊を祀る。
その御姿が動的な出で立ちであることで活動大黒天と称される。
三囲(三圍)神社-日本橋室町(三越本店屋上)-平成25年(2013年)09月03日
三囲(三圍)神社-平成25年(2013年)09月03日.JPG

稲荷神社
中央区日本橋本町3-4-14(興和ビル敷地内)
この稲荷について興和のホームページにも名前が出てこない、扁額も掲げられていない。
稲荷神社-平成25年(2013年)09月03日
稲荷神社-平成25年(2013年)09月03日.JPG

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