謎多き寛永寺-2

20年12月21日(月)
涼泉院=霊仙院、なんてことあるのかな。
廃院になった涼泉院は資料がほとんどなくて絵図から場所をたどったが、幕末から正徳までは中堂西-泉龍院跡地に確認できたが、それ以前は見つけられない。
1-2-れい・りょう.jpg
妄想
ヨ大を合わせて霊というのはわかるが、音読みでレイ・リョウ、と読ませさらに仙(セン)は泉(セン・イズミ)と同音、ありそうな話だ。
土地は中堂と本坊の間を西へ行くと門がある。
まずいことに多くの版がこの場所に折れ目があるので見てもよくわからない。
新板江戸外絵図-寛文11年-13年(1671年-1673年)版
江戸大絵図-延宝6年(1678年)版
江戸大絵図-元禄十二年(1699年)版
この三つはよくわかる、この時代ヨ大に山院も出てくる。

寛永・正保の絵図では寛永寺そのものが未完成のままだ。

創建-寛永5年(1628年)なのでもう少し探せば出てきそうだ。
中堂西-泉龍院跡地に涼泉院が元禄12年ごろに移転したらしい。
泉龍院は勅額火事-元禄11年9月6日(1698年10月9日)の後下寺へ移転している。
正徳二年(1712年)・ 正徳四年(1714年)になるとリャウセイインが中堂西に現れる。

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