謎多き寛永寺-4

20年12月23日(水)
宝樹院
将軍の母親を調べていると四代家綱の生母に興味を覚えた。
ウイキには娘時代の名前はお蘭。側室名はお楽の方。別名、高島御前と出ている。

三代家光-慶安4年4月20日(1651年6月8日)48歳死去。
大猷院殿霊廟は承応元年(1652年)建立

四代家綱-延宝8年5月8日(1680年6月4日)40歳死去。
厳有院霊廟-延宝9年(1681年)建立。

お楽の方-承応元年12月2日(1653年1月1日)32歳死去。
法名は宝樹院殿華城天栄大姉、墓所は寛永寺勧善院。
御霊屋-承応2年(1653年)仮殿建立。

御霊屋は絵図では様々に間違われている。
合っているほうが珍しい、いくらお部屋さまでも将軍の生母。

宝珠院御玉屋・惜しいのは宝樹院御玉屋。
小は御の崩し字-分間江戸大繪圖-正徳二年(1712年)版-部分。
分間江戸大繪圖-正徳二年(1712年)版-部分.jpg
江戸図鑑綱目. 乾-元禄2年(1689年)版-部分
江戸図鑑綱目-坤-宝樹院.jpg
危ないと見た繪図は宝シュ院殿御玉ヤと何だこりゃの有様。

霊は摺物では字がつぶれるのでヨに大の字を当てることが多い。
玉で済ませる、なんて大らかな時代だ。
まだ幕府財政も逼迫とまではいっていない時代、承応2年(1653年)は仮殿、寛文4年(1664年)10月造り替え。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント