Tokyo-41

Tokyo-41
台東区
21年1月23日(土)
台東区の寺社-13

三島神社-本社三島神社
台東区寿四丁目9-1
創建-元寇の弘安の役の際に河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、上野金杉村に分霊を勧請。
慶安3年(1650年)、徳川家光より社地移転を命じられ、金杉村に遷座。
宝永7年(1710年)-浅草小揚町へ遷座。
祭神-大山祇命
相殿神-身島姫命・和足彦命・上津姫命・下津姫命。
境内社-石稲荷神社・髪稲荷神社。
神社庁では寿の三島神社に本社の呼び名を前につけている。
金杉村字金杉町の火除稲荷神社社地に分霊を勧請。
金杉村根岸の氏子が本社三島神社より分霊を勧請し、熊野神社に合祀したのが根岸一丁目の元三島神社である。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、焼失。
再建
昭和20年(1945年)-東京大空襲、焼失。
昭和47年(1972年)-社殿造営。
鳥居をくぐるとすぐ階段を上って社殿へ、沖縄っぽい狛犬がお出迎えしてくれる。


元三島神社(旧村社)
台東区根岸一丁目7-11
創建-宝永6年(1709年)金杉村社地幕府用地になるにおよび、代替地浅草小揚町を賜わり、再び御遷座の運びとなった。
代々金杉村に住む氏子から氏神様の遊離はまことに不都合と、金杉・根岸の村民相寄り協議を重ね、ついに当金杉の地の熊野社と合祀をはかり、これを元三島神社と称し今日に至る。
祭神-大山祇命・伊佐那岐命
相殿神-和足彦命・身島姫命・上津姫命・下津姫命
明治4年(1871年)-社殿再建。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災状況不詳。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、焼失。
昭和23年(1948年)-復興。
昭和51年(1976年)4月-社殿を建立。
元三島神社御縁起
元三島神社御縁起2.jpg


三島神社
台東区下谷三丁目7-5
三島神社御鎮座の起源
 弘安4年(1281年)、元寇の役の際、河野通有(こうのみちあり)は氏神である大山祇神社(三島大明神)に戦勝祈願して出陣、大山祇神社の神使(しんし)、白鷺(しらさぎ)の導きによって勝利を得た。その帰陣にあたり、夢の中で受けたという神のお告げにより、武蔵国豊島郡に三島大明神の分霊をお迎えし、上野山内の河野氏の館に遷座鎮祭したことが始まりという。
 慶安3年(1650年)、徳川三代将軍家光公より社地移転を命ぜられ、金杉村(現在の台東区根岸)に遷座。さらに宝永7年(1710年)、社地が幕府の御用地に指定されたため、浅草小揚町(現在の台東区寿)に遷座した。
 しかし、氏神様が遠くて困るという氏子一同の念願から、分霊を金杉村字金杉町(現在の台東区下谷)に勧請。これが現在の三島神社である。三島神社の宮司は代々河野通有の子孫が奉仕している。
(三島神社ホームページより)
祭神-大山祇(積)命
配祀-和足彦神・身島姫神・上津姫命(雷神)・下津姫命(龍神)
三島神社御本社-愛媛県今治市大三島にある元国幣大社大山祇神社。
境内社-日除稲荷社(三島神社地主神)
祭神-保食命
創建-年代不詳。
伝上野山内の火難方位除けのために勧請。
古くは「ミサキ稲荷社」と称し、この地は火除地と定められ、その際に火除稲荷と改称。
雷井戸-落ちないお守り
下谷-雷井戸.jpg

西浅草八幡神社
台東区西浅草二丁目14-5
創建-元禄13年(1700年)8月に田島山誓願寺が宇佐八幡宮の御神霊分神を勧請。
祭神-応神天皇。
明治6年(1873年)1月-浅草神社の兼務社
昭和20年(1945年)3月10日-東京大空襲、焼失。
(境内掲示板では3月9日)
昭和24年(1949年)2月-再建。
昭和47年(1972年)5月-コンクリート造りの社殿、社務所完成。
狛犬-鳩胸で筋肉質、尾立ち、脚立ち。


芝崎日枝神社
台東区西浅草三丁目8-1
創建-東光院境内(芝崎村)
慶長年間(1596-1614)東光院と共に小伝馬町へ遷座。
振袖火事・明暦の大火-明暦3年1月18日(1657年3 月2日)~20日(1657年3 月4日)後に浅草へ遷座。
祭神-大山咋神
令和元年(2019年)9月-台風被害をうける。
修復

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