Tokyo-33

Tokyo-33
台東区
21年1月5日(火)
台東区の寺社-5

浅草町(あさくさちょう)
浅草駒形町町民が亀戸村へ移住を命じられたが、天和2年(1682年)頃、亀戸村は場末のため「渡世の相成兼候」との理由で町民は浅草に移り住み山谷浅草町を起立。
明治2年(1869年)-南側に接する浅草山谷町と区別するため、山谷浅草町を「浅草町」と改称。
明治11年(1878年)11月2日-東京府浅草区浅草町。
明治22年(1889年)5月1日-東京府東京市浅草区浅草町。
明治24年(1891年)-千束村のうち、字東耕地と地方山谷町字田中耕地を編入。
明治44年(1911年)-町名につけていた浅草は昭和22年(1947年)まで廃止された。
昭和7年(1932年)-山谷町二丁目・二丁目・三丁目・四丁目、清川町一丁目・三丁目に編入となり浅草町消滅。

浅草山谷町
正徳3年(1713年)-山谷村の内に形成された町屋が別れて、浅草山谷町が起立し、町奉行支配となる。
明治11年(1878年)11月2日-東京府浅草区浅草山谷町。
明治22年(1889年)5月1日、東京府東京市浅草区浅草山谷町。
明治24年(1891年)、浅草地方山谷町、浅草橋場町、浅草今戸町の各飛地を合併。
明治44年(1911年)-町名につけていた浅草は昭和22年(1947年)まで廃止された。
昭和18年(1943年)7月1日-東京都浅草区山谷町。
昭和22年(1947年)3月15日-浅草区と下谷区が合併、台東区を新設、東京都台東区浅草山谷町。
昭和41年(1966年)10月1日-住居表示実施。
下記町へ編入となり浅草山谷町消滅。
一丁目-清川一丁目と東浅草二丁目の各一部。
二丁目-清川一丁目と東浅草二丁目の各一部。
三丁目-日本堤一丁目と清川二丁目の各一部。
四丁目-日本堤二丁目と清川二丁目の各一部。

浅草玉姫町
明治24年(1891年)3月-起立。
町名由来は玉姫耕地内にあった玉姫稲荷神社に由来するというが、稲荷は浅草山谷町にある。
明治44年(1911年)-町名につけていた浅草は昭和22年(1947年)まで廃止された。
昭和7年(1932年)-石浜町一丁目~三丁目、清川町一丁目~三丁目、山谷町二丁目に編入となり玉姫町消滅。
住居表示実施後
清川一丁目・二丁目の全域。
浅草二丁目、橋場一丁目・二丁目の各一部。

玉姫稲荷神社
台東区清川二丁目13-20
旧住所表示-東京府東京市浅草区浅草山谷町
正慶二年(六百余年前)新田義貞鎌倉の北条高時を追討の際当社に参拝由来し、戦勝を祈願せし時、稲荷大神の像を瑠璃(るり)の宝塔に納めせしより玉秘(玉まひめ)の名起る。
創建-天平宝字(一千二百十七年前)四庚、子年。(パンフレット)
祭神-宇迦之御魂命
伝説
昔この辺りに砂尾長者といわれた分限者が住んでいた。その一人娘の玉姫は、恋に破れ鏡が池に身を投げて命を絶ってしまった。この悲恋の美女であった玉姫を祀ったのが玉姫稲荷だという。
明治44年(1911年)4月9日-新吉原大火、焼失。
再建
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、焼失。
再建
紀元二千六百年記念行事-鳥居・狛犬・燈籠が奉納された。
昭和20年(1945年)3月10日-東京大空襲、焼失。
昭和27年(1952年)5月-社殿再建。
玉姫稲荷神社-鳥居-平成25年(2013年)8月27日
玉姫稲荷神社-鳥居.JPG
摂社:口入稲荷神社
江戸新吉原にあった高田屋という口入宿(今でいうところの職業安定所)の邸内に年久しく鎮座してありましたが安永年間の頃、此の高田屋の主人が或夜夢に口入稲荷大神があらわれまして吾を玉姫稲荷神社の境内に遷し祭れば参詣する信徒の人々に今よりも尚一層御利益を授け、又、諸々の願い事を速やかに叶えさせるとのお告げに依りまして、以来当社境内摂社として鎮座してしております。
(パンフレット)
口入稲荷は赤の鳥居が脇の道にあり、そこから入ると玉姫稲荷神社の参道を横切り口入稲荷神社へ。
玉姫稲荷神社-口入稲荷-平成25年(2013年)8月27日
玉姫稲荷神社-口入稲荷.JPG
境内社-口入稲荷神社・猿田彦神社・白山神社・金刀比羅神社・八幡神社・松尾神社・八坂神社・天祖神社・春日神社・王子神社。
玉姫稲荷神社-八神殿-平成25年(2013年)8月27日
玉姫稲荷神社-八神殿.JPG
玉姫稲荷-八神殿-平成25年(2013年)8月27日
玉姫稲荷-八神殿.JPG
玉姫稲荷神社-拝殿と狛犬-平成25年(2013年)8月27日
玉姫稲荷神社-拝殿と狛犬.JPG
狛犬-拝殿前に阿吽の脚立ち、尾立ち、台座に紀元二千六百年(昭和15年・1940年)記念。
玉姫稲荷神社-吽像狛犬.jpg
玉姫稲荷神社-阿像狛犬.jpg
お狐様-境内各所に点在、探すのも一興。


宝珠稲荷神社-寶珠稲荷神社
台東区清川二丁目15-1
旧住所表示-東京府東京市浅草区浅草町
創建-年代不詳。
天正17年(1598年)-(浅草駒形町)町民の鎮守として祀られていたと伝わる。
万治元年(1658年)-(浅草駒形町)御用地となると町と共に本所亀戸村に移転。
天和2年(1682年)-山谷町と小塚原町の中間へ再度移転(山谷浅草町を起立)。
当時の御身躰は大日命。
神仏分離令-祭神-倉稲魂命
奥の院-白狐稲荷(京都伏見稲荷大社より當祭神の御使として勧請)
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、焼失。
大正12年(1923年)12月-拝殿再建。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災を免れる。
お狐様-左は巻物、右は宝珠を咥えている。
昭和41年(1966年)-寶珠稲荷神社と社名変更。
昭和45年(1970年)10月-旧社務所に会館を増設し寶珠会館と總称す。
昭和51年(1976年)11月-拝殿屋根大改修工事及境内地周囲の御影石の玉垣及び参道両側に御影石の旗立新設。
浅草神社の兼務社
宝珠稲荷神社社歴
宝珠稲荷神社社歴.jpg

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