Tokyo-35

Tokyo-35
台東区
21年1月17日(日)
台東区の寺社-7

境稲荷神社
台東区池之端一丁目6-13
旧住所表示-東京府東京市下谷区下谷茅町2丁目
創建-文明年間(1469年~1487年)-足利九代将軍義尚により創祀。
忍が岡と向が岡の境に鎮座し、境稲荷と称されていた。
忍ケ丘-上野公園(台東区)。
向ケ岡-上野から見て不忍池の向こう側の台地、本郷台地(文京区)。
弁慶鏡ヶ井- 井戸は源義経とその従者が奥州へ向かう途中に弁慶が見つけ、一行ののどを潤したと伝えられる。
寛延3年(1750年)-隣地岡上の松平邸より出火、焼失。
別当慈海により再建。
祭神-倉稲魂命
明治28年(1895年)-湯島切通坂の宝剣稲荷を合祀。
相殿-宝剣稲荷大神
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災状況不詳。
昭和20年(1945年)-東京大空襲-被災。
平成5年(1993年)-本殿・拝殿・鳥居・社務所造営。
扁額社号-忍岡向岡總鎮守境稲荷社
境稲荷-扁額.jpg
境稲荷.jpg
境稲荷-弁慶井戸-台東区教育委員会
境稲荷-弁慶井戸.jpg

七倉稲荷神社
台東区池之端二丁目5-47
旧住所表示-東京府東京市下谷区池之端七軒町
創建-江戸幕府の米蔵のあった浅草蔵前に鎮座7つの倉の守護神として崇められていた。
明治維新後に蔵前から七軒町18番地へ遷座。
明治9年(1876年)-現在地へ遷座。
祭神-倉稲魂命。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災状況不詳。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災状況不詳。
平成元年(1989年)-社殿造営。
狛犬-吽像、左で子持ち、阿像、右で鞠持ち。


花姫稲荷 
台東区池之端三丁目3-14
創建-年代不詳。
詳細不明。
寂しげな路地裏の稲荷だが、鳥居はざっと8基。
境内の石碑には紀元二千六百年 奉納 花姫稲荷神殿改築 近藤善吾とある。
昭和52年(1977年)12月の花姫神社改築の奉納者氏名と金額が書かれた額がある、ざっと43名ほどの崇敬者がおられるようだ、残念ながら近藤さんのお名前は見当たらない。
6年前に比べ参道中ほどの鳥居3基が抜けている。
湯島より大きな社だが関連はあるのだろうか。
花姫稲荷(池之端) 2.jpg

下谷箭弓稲荷神社
台東区上野一丁目14-1
旧住所表示-東京府東京市下谷区西黒門町
創建-年代不詳。
石川主殿頭の屋敷神であったが、徳川家光より銀杏を下賜され銀杏神社と称した。
明治時代-埼玉県東松山市にある箭弓稲荷神社の分霊を勧請。
祭神-宇迦御魂神
祭神について宇迦之御魂神だろうと思うが、もともとの松山の箭弓稲荷神社は保食神(うけもちのかみ)一柱を御祭神とされています。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、社殿、御神木焼失。
焼け残った御神木より御神体、社殿再建。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災状況不詳。
昭和54年(1979年)-修復。
お狐様-左宝珠、右子持ち。
上野広小路の黒門交番からどら焼きの「うさぎや」のビルの手前田島美術店との間の道を入ると100m程、隣の古美術の店先と勘違いしそうな木製鳥居とお狐様が道端に出ている。
民家の軒先と思える佇まいにビックリ、中へ入ると二本の御神木に挟まれた社がある。
下谷-箭弓稲荷神社御縁起
下谷-箭弓稲荷神社御縁起.jpg

石稲荷神社
台東区根岸四丁目-16-17
創建-貞享4年(1687年)2月(武蔵国豊島郡金杉村大塚)
文久元年(1861年)-再建。
「正一位石稲荷大明神金杉村大塚抱一道人拝書」2月の初午に奉納された酒井抱一書の一対の幟は現存。
幟の寸法は高さ5m75cm、幅56cm。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災状況不詳。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災状況不詳。
昭和42年(1967年)-コンクリート建築造りで再建。
夜泣き封じに霊験ありと崇敬されている。
石稲荷神社
石稲荷.jpg

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