Tokyo-37

Tokyo-37
台東区
21年1月19日(火)
台東区の寺社-9

熊谷稲荷大明神-日蓮宗長瀧山本法寺
台東区寿二丁目9-7
創建-享保年間の頃雷門の浅草寺境内にあった熊谷稲荷を熊谷安左衛門の菩提寺である本法寺に勧請。
熊谷稲荷の白狐-人間に福徳をわかつ福狐として白狐だけが稲荷大明神の御眷属にえらばれる資格があると云われている。
寺内には吉見稲荷大善神の社が熊谷稲荷と向かい合うように建っている。
吉見稲荷大善神-高原平兵衛の拝領屋敷跡で屋敷に祀られていた稲荷。


花園稲荷神社
台東区上野公園4-17
忍岡稲荷・俗称穴稲荷
石窟の上に位置したことから穴稲荷と呼ばれた。
創建-年代不詳・伝承応3年(1654年)晃海僧正により再建。
上野戦争-彰義隊の乱にて再び荒廃。
明治6年(1873年)-岩堀数馬・伊藤伊兵衛等により再建。
花園稲荷神社と名を改める。
祭神-倉稲魂命
花薗稲荷神社.jpg
昭和3年(1928年)-五條天神社が現地に御遷座。
東都七天神の一つまた江戸三大天神とも。


浅草光月町
江戸時代-海禅寺の東北部に浅草元鳥越町の代地として浅草新鳥越町四丁目飛地成立。
明治3年(1870年)-飛地は浅草光月町と改称。
明治5年(1872年)-北側の筑後柳河藩立花家下屋敷跡地を浅草光月町の飛地として合併。
明治24年(1891年)3月-浅草新鳥越町四丁目飛地だった地域を浅草松葉町に割譲、立花家下屋敷跡地部分が東京市浅草光月町として残った。
明治44年(1911年)-町名につけていた浅草は昭和22年(1947年)まで廃止された。
昭和18年(1943年)7月1日-東京都成立。
浅草区と下谷区の境界変更があり、浅草区光月町と下谷区光月町に分離。
昭和22年(1947年)3月15日-浅草区と下谷区が合併、台東区を新設。
浅草区光月町と下谷区光月町は再合併、台東区光月町となる。
昭和40年(1965年)8月1日-住居表示実施、台東区千束二丁目、台東区入谷二丁目に編入、台東区光月町消滅。

太郎稲荷神社
台東区入谷二丁目19-2
創建-一帯に筑後柳河藩立花左近将監の下屋敷があった場所、立花氏が国許の太郎稲荷の御分霊を祀った。
覆い殿には数多くの町内写真。
社号標-太郎稲荷大神、鳥居扁額-太郎稲荷大神、覆い殿扁額-太郎大神、幟旗に提灯-太郎稲荷大明神。
お狐様-左は鍵と子持ち、右は宝珠持ち。
旧光月町-下町まちしるべ
旧光月町.jpg

西町太郎稲荷神社
台東区東上野一丁目23-2
創建-万治年間(1658年~1661年)立花藩上屋敷、立花左近将監の母堂みほ姫の守り本尊として建立。
祭神-記載文書なし。
この時代の左近将監は立花忠茂(築後柳川第二代藩主)、母は永雲院(筑紫広門の娘・一説に岡氏)
西町太郎稲荷神社由来
西町太郎稲荷」.jpg

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