Tokyo-38

Tokyo-38
台東区
21年1月20日(水)
台東区の寺社-10

鳥越神社-鳥越明神
台東区鳥越二丁目4-1
創建-伝孝徳天皇白雉二年(651年)
八幡太郎義家公奥州征伐(前九年の役)の折、白い鳥に浅瀬を教えられ、軍勢をやすやすと渡すことができたとき、鳥越大明神の御社号を奉られたいわれる。
伝承-景行天皇の御代、日本武尊は当地に滞在し、ここにあった小高い山に皇祖二柱を祀る神社(現:第六天榊神社)を創建した。
後世、日本武尊ゆかりの地ということで、この地を「白鳥村」、小高い山は「白鳥山」と称した。
江戸時代-鳥越山は三度にわたり切り崩された。
第六天神社は堀田原(現・台東区蔵前)、熱田神社は山谷(現・台東区今戸)、鳥越神社はこの地に鎮座。
明治5年(1872)-村社に列し鳥越神社と改称。
大正11年(1922年)-国会図書館-大正11年(1922年)-東京史跡名勝天然記念物写真帖・第二輯
鳥越神社-大正11年.jpg
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、本社神輿焼失。
大正14年(1925年)-松平神社を合祀。
祭神-日本武尊
相殿-天児屋根命・東照宮公
千貫神輿-関東大震災で焼失の御本社御神輿は、昭和3年(1928年)原形通り謹製された(現存)。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、社殿焼失。
昭和21年(1946年)-仮社殿再建。
境内社-福寿神社
祭神-倉稲魂命・大黒天神・恵比寿神・菅原道真公。
境内社-志志岐神社・元対馬府中藩の江戸屋敷内。
祭神-豊玉姫命。
境内社-祖霊社
昭和二十一年終戦後、内務省配給の檜により仮本殿が竣工されて、昭和四十年御本殿正遷座が行われるまで使用された御殿を、西参道南側に移築し、祖霊舎として祀る事となりました。
狛犬-昭和7年(1932年)奉納・八柳五兵衛刻
阿吽共に牡と思われるのは性器まで精巧に作られ、撫でてから志々岐神社へお参りすれば安産と都市伝説。
撮影アイ君-鳥越神社-平成18年(2006年)9月2日鳥越神社-平成18年(2006年)9月2日.JPG
鳥越神社.jpg

銀杏岡八幡神社-旧銀杏八幡宮
台東区浅草橋一丁目29-11
創建-年代不詳。
康平5年(1062年)-源頼義・義家が奥州征伐に向かう途中、小高い丘だった当地に銀杏の枝を差して戦勝祈願し、その帰途創建伝えられています。
元和四年(1618年)-福井藩松平家屋敷地となり、松平家の邸内社となった。
享保10年(1725年)-公収され福井町町内の産土神となる。
文化3年(1806年)-江戸大火の折焼失。
火元-芝・車町材木座付近。
薩摩藩上屋敷・増上寺五重塔全焼。
西南の強風にあおられ木挽町・数寄屋橋に飛び火、さらに京橋・日本橋全域焼失。
神田、浅草方面も焼失家屋が多くみられた。
延焼面積-下町を中心に530町、焼失家屋12万6000戸、死者1200人。
明治5年(1872年)-村社。
祭神-誉田別皇命(応神天皇)・武内宿祢命
境内社-此葉稲荷神社
祭神-宇迦之御魂神
もう一社あるのだが詳細不明。
狛犬-左吽像子持ち、右阿像珠持ち。
もう一頭おられるが傷みが激しい、文化11年甲戌秋8月穀日建立と刻まれていた、文化11年は1814年もしかすれば社殿もこの年に再建されたか。
銀杏岡八幡神社.jpg

浅草橋須賀神社
台東区浅草橋二丁目29-16
創建-年代不詳。
推古天皇九辛酉年(601年)-武蔵国豊島郡に疫病が流行した折、郷人等が牛頭天王の祠をたてて創始。
江戸期-祇園祠牛頭天王社と称した、祇園社、蔵前天王社、団子天王社とも呼ばれた。
寛永16年(1639年)-建て替え。
神仏分離-明治元年(1868年)浅草橋須賀神社と改称。
明治5年(1872年)-村社に列格。
祭神-素盞嗚尊
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、焼失。
昭和36年(1961年)-社殿・社務所等建物再建。
御朱印-右下に笹団子天王。
狛犬
昭和8年(1933年)8月奉納-阿吽ともに脚立ち、尾立ち。
延享元年(1744年)9月奉納-阿像のみ残されていて、大きな口を開けていて脚を修理してある。


甚内神社
台東区浅草橋三丁目11-5
創建-伝江戸初期、甚内霊神。
武田の残党と後年書かれた。
高坂弾正の子甚内が鳥越の刑場で処刑されるとき「我瘧病にあらずば何を召し捕れん。我ながく魂魄を留、瘧に悩む人もし我を念ぜば平癒なさしめん」といったことから、病の治癒を祈る人々の信仰を集めたという。
瘧-マラリヤと云われている。
慶長18年8月12日(1613年9月26日)処刑。
明治時代-浅草橋消防署付近に鎮座。
祭神-高坂甚内。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、焼失。
昭和5年(1930年)-現在地に移る。
境内に大正十五年四月の甚内霊神の碑がある。
高坂甚内-向崎甚内とも。
風魔小太郎と反目、風魔一党の隠れ家を密告し、慶長8年(1603年)に風魔小太郎は捕縛処刑された。
甚内も関東一円に散らばる盗賊を糾合しようとして露見、逃亡の末慶長18年(1613年)捕縛。
甚内神社.jpg

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