Tokyo-45

Tokyo-45
台東区
21年2月11日(木)
台東区の寺社-17

上野東照宮
台東区上野公園9-88
創建-寛永4年(1627年)東照社。
慶安4年(1651年)-三代将軍・徳川家光公が造営替(現存)。
上野戦争-慶応4年(1868年)5月15日・被災なし。
神仏分離令の為境内の五重塔を寛永寺に譲渡(現在東京都が管理)。
明治6年(1873年)9月17日(16日許可)-上野東照宮祭礼、一般の人の参詣始まる。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、被災なし。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災なし。
社殿裏に落ちた焼夷弾は不発。
祭神-徳川家康公・徳川吉宗公・徳川慶喜公。
鳥居-御影石
大鳥居-寛永10年(1633年)酒井忠世奉納(国指定重要文化財)。
不忍口鳥居-明治6年(1873年)江戸城内紅葉山東照宮より移築。
御狸様-栄誉権現社、赤い鳥居が目立つ。
狛犬-大正三年(1914年)三月奉納。
寄進者-二十三世青木宇右衛門・妻富士子、九世前原傳吉・妻波津子。
大正四年四月十七日東照宮三百年祭記念。
石工-酒井八右衛門「井亀泉」 
彫刻-大竹豊吉
尾立ち、脚立ち。
鳩胸というには大きすぎて見上げると貌が隠れるほどだ。
昭和40年(1965年)-「東照宮」が国の重要文化財に指定。
国会図書館-大正11年(1922年)-東京史跡名勝天然記念物写真帖・第【1】輯-上野東照宮
上野東照宮-1.jpg
絵図の吉祥閣の先、鐘樓堂(しょうろうどう鐘楼堂)を左へ入ると御宮とされているのが上野東照宮、当時は描くのは憚られたのだろう。
鐘樓堂だがこの繪図には近くにもう一つあり、時の鐘は稲荷の上の鐘樓堂がついたようだ。
国会図書館〔江戸切絵図〕-嘉永4年(1851年)版
東都下谷繪図-部分
嘉永4年-東都下谷絵図-部分.jpg
五重塔
台東区上野公園9-83 上野動物園
創建-寛永8年(1631年)老中土井大炊頭利勝が今上野東照宮の一部として五重塔を創建寄進。
神仏分離令-東叡山寛永寺の所属になっていたところ、昭和33年同寺より東京都に寄付されたものが現存する今の塔です。
国会図書館-大正8年(1919年)-東京府史蹟-五重塔
上野-五重塔-国会図書館-大正8年(1919年)-東京府史蹟.jpg

五条天神社
台東区上野公園4-17
創建-第十二代景行天皇の御代。
日本武尊が東夷征伐の為、上野忍が岡をお通りになられた時、薬祖神二柱の大神に御加護を頂いたことを感謝なされて、此の地に両神をおまつりされましたのが当社の御創祀であります。
寛永18年(1641年)-菅原道真公を相殿神として合祀、そのあと天神を名乗ったと思われる。
祭神-大己貴命(大国主命)・少彦名命。
相殿-菅原道真公
明暦3年(1657年)-「寛永寺」の境内拡張の影響を受け、上野広小路の黒門前右脇に遷座。
元禄10年(1697年)-「寛永寺」の境内拡張の影響を受け、神職であった瀬川家の屋敷内(現在のアメヤ横丁入口付近)に遷座となった。
このころ下谷天神社・下谷天満宮と呼ばれる。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、社殿焼失。
大正14年(1925年)-現鎮座地(「花園稲荷神社」の境内隣)に仮殿を造営し遷座。
鳥居-靖国鳥居、大正15年(1926年)奉納。
(東日本大震災の際に被災、亀裂がはいり支柱のみ新しく修繕した。)
狛犬
鳥居際-大正15年(1926年)奉納・左吽像玉持ち、右阿像子持ち。
社殿前-奉納時期不明青銅製、尾立ち、脚立ち。
昭和3年(1928年)-現地に遷座(社殿現存)、花薗稲荷と隣り合わせ。

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