中国ドラマ「瓔珞-エイラク」-41

21年4月17日(土)
もしもし亀よ。
出世の遅い慶貴人もMX五十六話(五十九景)で和安公主の命日の法要を手伝い、慶嬪となっている。
出世の遅いのは出自のせいもある。
舒妃-葉赫那拉氏(イェヘナラ)・納蘭氏(ナーラン)
慶恭皇貴妃・慶妃-陸氏(リゥ)-蘇州平民また包衣の下人とも。

ドラマの中でも慶貴人の父親は納蘭氏の配下と言わせている。
納蘭淳雪(ナーラン・ジュンシェ)と陸晩晩(リュ・ウェンウェン)
第一話-乾隆6年待選秀女入宮。
第三話-舒貴人-納蘭氏(シュグイレン)・慶常在-陸氏(チンチャンザイ)
第三十一話-舒貴人(シューグイレン)
第四十一話-慶貴人(チングイレン)
第四十二話-舒嬪(シューピン)
第四十三話-翻牌子には永寿宮陸貴人陸佳氏と出てくる。
第五十八話-舒妃(シューペイ・シューフェイ)
第五十九話-慶嬪(チンピン)(乾隆20年?)
第六十四話-慶妃(チンペイ・チンフェイ)(六年前に昇格、乾隆24年?)

実際の慶嬪昇格は、嫻皇貴妃の皇后への就任後。
乾隆15年7月10日(1750年8月11日)-皇后
乾隆16年1月2日(1751年)-慶嬪
慶嬪-カスティリオーネ.jpg
この絵は慶を廣と誤認されている、慶嬪昇格が乾隆16年、慶妃昇格は乾隆24年なのでその間に描かれたと知れる。

乾隆16年当時の妃嬪
貴妃-嘉貴妃(乾隆20年死去)・純貴妃(乾隆25年純皇貴妃、同年死去)。
妃-舒妃・令妃(乾隆24年-令貴妃)・愉妃の三人。
嬪-怡嬪・穎嬪・婉嬪・慶嬪の四人。

慶恭皇貴妃・慶妃-陸氏(リゥ)-51歳死去
雍正2年6月24日(1724年8月12日)~乾隆39年7月15日(1774年8月21日)
住居-(永寿宮)
乾隆13年正月以前(1749年)-陸常在
乾隆13年4月(1749年)-陸貴人
乾隆16年1月2日(1751年)-慶嬪
乾隆24年11月20日(1759年)-慶妃
乾隆33年6月5日(1768年)-慶貴妃
乾隆39年7月15日(1774年8月21日)-死去
嘉慶4年(1799年)-嘉慶帝養母として慶恭皇貴妃が追封された。
子女-無

舒妃-葉赫那拉氏(イェヘナラ)・納蘭氏(ナーラン)50歳死去
雍正6年6月1日(1728年7月7日)~乾隆42年5月30日(1777年7月4日)
住居-永寿宮→承乾宮(乾隆8年)→永寿宮(乾隆40年)
乾隆5年(1740年)-選秀入宮
乾隆6年2月7日(1741年)-貴人
乾隆6年11月(1741年)-舒嬪
乾隆14年4月5日(1749年)-舒妃
乾隆42年5月30日(1777年7月4日)-死去
子女-一男
・弘暦十男・不詳-3歳死去
乾隆16年5月19日(1751年)~乾隆18年6月7日(1753年)

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