中国ドラマ「瓔珞-エイラク」-42

21年4月17日(土)
どっちの貴妃
カステリオーネ描く乾隆帝の画像に乾隆元年と自署してあるが、今の時代の25才と比べたら大分おっさんだ。
問題は皇后の左だ、貴妃としか書かれていない。

如懿伝ではトン・ヤオ(童瑶)演じる高晞月(慧貴妃)。
延禧攻略ではタン・ジュオ(潭卓)の高寧馨(高貴妃)。
ともに意地悪な役回りだが画像は穏やかな美人顔に描かれている。
貴妃-カスティリオーネ.jpg
高貴妃(ガオグイフェイ)は弘暦即位とともに貴妃、亡くなる二日前に皇貴妃「乾隆10年1月23日(1745年)・25日35歳死去」。
慧貴妃としての資料は見つけられなかった。

嫻皇后は乾隆10年11月17日に嫻貴妃(シェングイフェイ)、乾隆13年4月20日に嫻皇貴妃となっている。
この絵について、慧賢皇貴妃・高貴妃-高佳氏(ガオギャ)とほとんどの人が考えている、封号については如懿伝では慧貴妃、延禧攻略で高貴妃、慧賢皇貴妃は死後の追封。
はっきり書かれた資料が見つからない、弘暦の頭の中で貴妃と言えば高佳氏だけだったのか。
嫻皇后は絵巻からも排除されたとみていいだろう。

慧賢皇貴妃・高貴妃-高佳氏(ガオギャ)35歳死去
康熙50年(1711年)~乾隆10年1月25日(1745年2月25日)
住居-永寿宮→鍾粋宮
雍正12年3月(1734年)-側福晋
雍正13年9月(1735年)-高貴妃
(乾隆二年十二月初四日 (1737年)冊封貴妃)
乾隆10年1月23日(1745年)-皇貴妃
乾隆10年1月25日(1745年)-死去
追封-慧賢皇貴妃
子女-無

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