横浜の堀(運河)と橋 10

2020年1月23日(木)
花園橋・港橋・豊国橋・羽衣橋

改正新刻横浜案内繪圖「明治7年(1874年)~明治8年(1875年)版」に新たに四ヵ所橋が出てきた、花園橋・港橋・豊国橋の三橋と出口の柳橋で羽衣橋はまだない。
そのはずで大正15年(1926年)06月01日 羽衣橋の開通式が挙行と震災復興で架橋され市電が通る大きな橋だ。
だが此の地図は改定で発行はもっと後かもしれない、改正横濱案内繪圖-明治9年(1876年)も同じ五葉舎万寿老人版を重ねたようだ、最も架橋工事を見て橋を書き入れることなど度々あることだ。

吉浜橋-南側-横浜製鉄所
花園橋-北側西に横浜公園
港橋-北側東に横浜公園・北側西に横浜市役所
豊国橋-二代目弓形ピン・トラス三連橋-三代目震災後昭和5年5月竣工板桁橋?
羽衣橋-市電路線縦断-南側(西詰)鶴屋(松屋百貨店)
吉田橋-南側(東詰)-横浜警察署(鉄の橋の大屯所)→鶴屋(松屋百貨店)
柳橋-大岡川接続
以上詳細別記

吉浜橋-横浜の堀(運河)と橋 09
https://62506968.at.webry.info/202001/article_16.html

1876-花園橋・港橋・豊国橋-改正横濱案内繪圖-明治9年(1876年)
1876-花園橋・港橋・豊国橋-改正横濱案内繪圖-明治9年(1876年).jpg

花園橋
明治9年(1876年)木橋架橋?
明治21年(1888年)3月鉄橋架設 計画者 清水保吉
橋長29間3分(約52.7m)、橋幅3間7分(約5.5m)

1888-(横濱名所)花園橋-明治21年(1888年)3月鉄橋架設
1888-(横濱名所)花園橋-明治21年(1888年)3月鉄橋架設.jpg

港橋
明治9年(1876年)10月 旭町通~不老町に木橋架橋「港橋」と命名
明治26年(1893年)3月鉄橋架設 計画者 野口嘉茂
橋長26間5分(約47.3m)、橋幅4間2分(7.3m)

1893-横濱港橋-明治26年(1893年)3月鉄橋架設
1893-横濱港橋-明治26年(1893年)3月鉄橋架設.jpg

1911-横濱花園橋ヨリ市役所ヲ望ム-港橋・豊国橋
二代目市役所-明治43年(1911年)〜大正12年(1923年)9月1日半壊-爆破撤去
豊国橋-明治30年(1897年)11月架設の弓形ピン・トラス三連橋が見えない、其れらしき橋はフラットで弓形ピン・トラス三連橋のない豊国橋など不思議な写真だ。
先の橋は吉田橋で望楼らしきものは大屯所か。
左に見える白い建物は勧工場の帝国商品館(大正3年に焼失)か、越前屋呉服店-明治42年5月開店。
蓬莱橋-明治33年1900年架設は港橋に重なるようにアーチが見える。

1911-横濱花園橋ヨリ市役所ヲ望ム-港橋・豊国橋.jpg

1911-横濱市役所-二代目-港町一丁目1番地-港橋
1911-横濱市役所-二代目-港町一丁目1番地-港橋.jpg

豊国橋
明治6年9月港町ヨリ蓬莱町へ木橋架橋(橋長42.75米)(幅員9米)
明治30年(1897年)11月架設 計画者 手島十郎
ボウストリング・トラス式 弓形ピン・トラス三連橋
橋長27間2分(約49.1m)、橋幅3間2分(約5.5m)

1897-横濱豊国橋-明治30年(1897年)11月架設
1897-横濱豊国橋-明治30年(1897年)11月架設.jpg

1897-横濱蓬莱橋ヨリ関内ヲ望ム-豊国橋-明治30年(1897年)11月架設
蓬莱橋-(吉田川)明治6年3月架橋
1897-横濱蓬莱橋ヨリ関内ヲ望ム-豊国橋-明治30年(1897年)11月架設.jpg

1911-横濱市役所-二代目-港町一丁目1番地
1911-横濱市役所-二代目-港町一丁目1番地.jpg

羽衣橋
明治44年(1912年)に吉田橋に横浜市電の軌道が敷設、大正15年(1926年)06月01日羽衣橋の開通に伴い軌道が移される。
橋の目印は特徴のある街路灯。

1930-横濱吉田橋-羽衣橋から吉田橋-ビルは松屋呉服店-昭和5年(1930年)10月1日開店
1930-横濱吉田橋-羽衣橋から吉田橋-ビルは松屋呉服店-昭和5年(1930年)10月1日開店.jpg

1964-関内駅-羽衣橋-昭和39年(1964年)
1964-関内駅-羽衣橋-昭和39年(1964年).jpg

横浜市役所
明治20年(1887年)8月15日 横浜区役所本町一丁目4番地へ移転。
明治22年(1889年)横浜市制が施行され横浜区役所を市役所に変更
明治44年(1911年)新庁舎竣工-設計 池田稔
港町一丁目1番地・敷地九百四十坪。煉瓦花崗石の合造洋館。
地下室とも四層地上より百二尺建坪五百二十八坪-横浜遊覧商業案内

現在の市庁舎は7代目(ウイキペディア)
初代(1889年〜1911年)
本町1丁目にあった横浜電信分局の建物を利用した。
レンガ造り2階建て。
1代目-作業場外壁-.jpg
2代目(1911年〜1923年)港町一丁目1番地
高島嘉右衛門の魚市場跡地(現在の敷地と同じ場所)にレンガ造り3階建ての建物。1923年の関東大震災で焼失。
2代目市庁舎.jpg
3代目(1923年〜1925年)
桜木町一丁目にあった中央職業紹介所を臨時市庁舎として使用。
3代目.jpg
4代目(1925年〜1944年)
現在の市庁舎敷地に木造2階建てとして建設。
4代目市庁舎.jpg
5代目(1944年〜1950年)
第二次世界大戦で、空襲を避けるため横浜市西区老松町27番地(野毛山の老松国民学校(現在の横浜市立老松中学校))に疎開する。鉄筋コンクリート造り3階建て。
5代目市庁舎.jpg
6代目(1950年〜1959年)
日本貿易博覧会神奈川会場(現在の反町公園一帯が会場)の建物へ移転。木造2階建て。
6代目市庁舎.jpg
7代目(1959年〜現在)神奈川県横浜市中区港町11
開港100周年を記念して建設(設計は村野藤吾)。鉄筋コンクリート造り、地上8階・地下1階建て。
7代目市庁舎.jpg
8代目(建設中)
北仲通南地区に2020年移転予定。地上32階(高さ約155m)・地下2階建て。みなとみらい線の馬車道駅に直結する他、JR桜木町駅方面ともペデストリアンデッキ「さくらみらい橋」で接続予定


吉田橋南詰-羽衣橋南詰(大正15年(1926年)06月)
横浜警察署-「鉄の橋の大屯所(おおたむろ)」-明治17年1884年7月~大正12年9月1日
鶴屋呉服店仮店舗大正13年(1924年)3月15日~松屋呉服店昭和5年(1930年)10月1日-開店~昭和32年(1957年)支店売却(吉田橋南詰)

1884-横濱伊勢佐木町警察署前-吉田橋南詰東-明治17年(1884年)7月移転
1884-横濱伊勢佐木町警察署前-吉田橋南詰東-明治17年(1884年)7月移転.jpg

1930-吉田橋南詰-鶴屋呉服店落成-昭和5年(1930年)9月
10月1日松屋呉服店として開店
伊勢ビルは昭和3年竣工
1930-吉田橋南詰-鶴屋呉服店落成-昭和5年(1930年)9月.JPG

つるや呉服店-発祥-石川町4丁目14番地-亀の橋際
参照-松屋100年史より
https://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=8220&query=&class=&d=all&page=2

明治2年9月30日(1869年11月3日)創業
大正13年(1924年)3月15日-横浜市伊勢佐木町3丁目25番地の吉田橋際-仮建築にて鶴屋呉服店新築開店
大正14年(1925年)11月19日に土地売買契約が締結
昭和5年(1930年)9月29日-吉田橋南詰-鶴屋呉服店落成(コマ28)
昭和5年(1930年)10月1日-開店-松屋呉服店に改称。
昭和9年(1934年)年5月15日に「株式会社鶴屋」を設立、7月1日(伊勢佐木町)壽屋百貨店
昭和20年(1945年)11月12日-米国進駐軍、横浜支店地・一・二・三階を接収(コマ43)
昭和21年(1946年)3月25日に全館接収。
昭和27年(1952年)12月16日-横浜市中区真砂町四丁目(オリンピック・ビル一階)の横浜支店は伊勢佐木町一丁目所在、米軍使用中の未解除建物内一階一二〇・二四坪の返還を受け、営業所を移転し、その登記完了(コマ48)
昭和28年(1953年)10月15日-横浜支店の改修工事竣工し全館開店(コマ49)
昭和30年(1955年)11月接収解除(吉田橋詰)
昭和32年(1957年)支店売却(吉田橋詰) 
昭和51年(1976年)横浜支店閉店(伊勢佐木町元壽屋百貨店)
昭和52年(1977年)派大岡川埋め立て


神奈川県伊勢佐木警察署(参照ウイキペディア)
明治10年(1877年)1月25日 堺町警察署を開設。
明治11年(1878年)2月 横浜区内6警察署(堺町、高島町、山手、松影町、長者町、戸部町)を統合して、横浜堺警察署に改称。
明治15年(1882年)7月1日 横浜警察署に改称。
明治17年(1884年)7月 伊勢佐木町25番地(吉田橋南詰)に移転。
「鉄の橋の大屯所(おおたむろ)」と呼ばれる。
明治26年(1893年)12月 伊勢佐木町警察署に改称。
大正12年(1923年)9月1日関東大震災にて倒壊。
翌々日久保山→9月7日太田尋常小学校→10月5日初音町→大正13年9月に本願寺境内と仮庁舎。
大正14年(1925年)10月 伊勢佐木警察署に改称。
大正15年(1926年)11月  長者町5丁目に用地を買収
昭和2年(1927年)12月  本庁舎完成。
昭和20年(1945年)6月18日 戦災のため加賀町警察署へ統合。
昭和21年(1946年)9月 伊勢佐木警察署として再開。
昭和23年(1948年)3月7日 警察法の公布に伴い、自治体警察として横浜市警察が発足。横浜市伊勢佐木警察署となる。
昭和30年(1955年)7月1日 警察法が全部改正、神奈川県伊勢佐木警察署となる。
昭和49年(1974年) 現在地に現庁舎が落成、移転。
神奈川県横浜市中区山吹町2番地の3

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント