横浜の遊郭と火事の歴史-8

2020年2月17日(月)
横浜遊郭 - 高島町遊郭(期限付き)-1
移転完了通知-明治5年7月20日届け出
高島町一丁目~八丁目
明治5年11月(1872年12月)開業~明治14年(1881年)3月~5月撤去

明治5年(1872年)11月は新暦と丁度ひと月ずれ、明治5年12月3日を明治6年(1873年)1月I日と改暦が断行されました。

主な遊女屋
岩亀楼(一丁目富士見橋海側)・神風楼(二丁目富士見橋際海側)・勢州楼・二葉楼・二神楼・天津楼・一月楼 
明治8年(1875年)10月神風楼新装3層の楼閣誕生

1873-横浜新埋地高嶋町揚屋三階造海岸遠景之図-三代廣重-明治6年(1873年)
1873-横浜新埋地高嶋町揚屋三階造海岸遠景之図-三代廣重-明治6年(1873年).jpg

高島町一丁目→富士見橋→二丁目・三丁目・四丁目→萬里橋→五丁目・六丁目・七丁目・八丁目・大鷲神社・金毘羅神社→月見橋→九丁目・十丁目・神奈川ステーション

1875-高島町一丁目-神風楼 -明治8年
1875-高島町-神風楼-一丁目-明治8年.jpg

1875-高島町一丁目-岩亀楼-明治8年
1875-高島町一丁目-岩亀楼-明治8年.jpg

高島町の楼閣の位置がよくわかる細見がないかとネットサーフィンをしていると、高島町遊郭もが火災で移転としてあるサイトが在ることに気付いた。
そんな記録ありゃせんぞと思わず声が漏れた。
港崎遊郭→吉原町遊郭→高島町遊郭→永真遊郭と変遷した中で唯一火災の記録がないのが高島町遊郭だ、暴風により被災、長者町仮宅へ急ぎ転宅の記録あり。

港崎
豚屋火事-慶応2年10月20日(1866年11月26日)
完全焼失

吉原町
明治4年10月27日(1871年12月9日)
遊女屋の半分、局見世の8割が焼ける。
注-明治4年11月焼失(史稿.風俗編)

永真
大正11年(1922年)1月30日永楽町火災-200戸余焼失内貸座敷60軒余焼失。
この年の神奈川県統計表未見、大正11年貸座敷数83件娼妓数1200人との情報あり。

関東大震災-大正12年(1923年)9月1日
貸座敷総数83軒全滅・娼妓人数1027人中犠牲者144人

横浜大空襲-昭和20年(1945年)5月29日全壊
横浜市死者-実数8千~1万人ともいわれる。

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