Tokyo-16

Tokyo-16
中央区
20年11月16日(月)

中央区の寺社-5

堀留町
堀留川の北詰に一・二丁目。
二丁目には椙森稲荷社があり、「椙森新道」と俗称されていた。
明治2年(1869年)-南側の庄助屋敷(椙森稲荷参道東側)を三丁目に改称。
昭和7年(1932年)-一丁目を本町二丁目に編入。
堀留二・三丁目に新材木町、新乗物町、岩代町、葺屋町、田所町、長谷川町、通旅籠町の全部或いは一部を編入して一~二丁目を起立した。
昭和18年(1943年)7月1日-東京都日本橋区堀留町。
昭和22年(1947年)3月15日-日本橋区と京橋区が合併、中央区成立、東京都中央区日本橋堀留町。


椙森神社(すぎのもり・江戸三森)
中央区日本橋堀留町1-10-2
旧住所表示-堀留二丁目
社伝-天慶3年(940年)に平将門の乱を鎮定のため、藤原秀郷が戦勝祈願をしたと伝わる。
白銀の狐像を奉納したと伝わる(現存)。
室町中期-江戸城の太田道灌が雨乞い祈願のために山城国伏見稲荷の伍社の神を勧請。
明治6年-村社に列格。
日本橋七福神-恵比寿神
稲荷とは名乗っていないが巷間に杉森稲荷と云われる。
祭神-五社稲荷大神、恵比寿大神。
相殿-素盞鳴大神、大市姫大神、大己貴大神、四大神、恵比寿大神
江戸庶民の信仰を集め、当たりくじ富興行が行われた。
明治9年-明治に入り一時稲荷神社としたがこの年杉森神社としたと「中央区史」にあるようだが安政六年板の江戸切絵図には掘留二丁目に杉ノ森イナリと出ている。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、焼失。
昭和6年(1931年)-耐震構造の鉄筋入りで再建。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、被災を免れる。
10月19日と20日の2日間-椙森神社・宝田恵比寿神社でえびす講があり、神社周辺でべったら市が開かれる
狛犬-尾流れ、阿像子持ち、吽像玉持ち。
椙森神社-鳥居-平成25年(2013年)09月03日
椙森神社-鳥居-平成25年(2013年)09月03日.JPG
椙森神社-平成25年(2013年)09月03日
椙森神社-平成25年(2013年)09月03日.JPG

通旅籠町(とおりはたごちょう)
寛永図では大伝馬町三丁目。
明治11年(1878年)11月2日-東京府日本橋区通旅籠町
明治22年(1889年)5月1日-東京府東京市日本橋区通り旅籠町。
昭和7年(1932年)-小伝馬町、大伝馬町、堀留町二丁目のそれぞれに編入となり消滅。


出世稲荷神社
中央区日本橋堀留町1-6-11
旧住所表示-東京市日本橋区新材木町16、17、18番地
創建-元和3年(1617年)北条家浪人庄司甚右衛(吉原惣名主)他数名の仮屋敷内に伏見稲荷を勧請祭祀。
江戸時代初代市川団十郎が日参し名をあげたことから出世稲荷神社と称される。
明暦3年(1657年)-江戸大火・振袖火事、本尊災禍を免れる。
安政2年(1855年)-大地震、本尊災禍を免れる。
(由緒では1854としてある)
明治6年(1873年)-大火、本尊災禍を免れる。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、本尊災禍を免れる。
取り壊した椙森神社の木材を削り直し、現在の社殿に使われた。
昭和20年(1945年)-東京大空襲、本尊災禍を免れる。
出世稲荷神社・岩代稲荷神社-平成25年(2013年)09月03日
出世稲荷神社・岩代稲荷神社-平成25年(2013年)09月03日.JPG
出世稲荷神社・由緒-平成25年(2013年)09月03日
出世稲荷神社・由緒-平成25年(2013年)09月03日.jpg

三光稲荷神社
中央区日本橋堀留町2-1-13
旧住所表示-東京市日本橋区日本橋堀留町二の八
1-長谷川町に居住した絹布問屋田原屋村越庄左衛門、木綿問屋建石三蔵の両家が江戸時代初期に勧請。
2-歌舞伎役者関三十郎が元禄2年(1689年)以前に伏見より勧請。
大正13年(1924年)-区画整理で長谷川町と田所町が合併、堀留町2丁目になる。
田所町の田所大明神も当神社に奉祀。
猫に関する願いごと御利益ありとして、猫の失踪した時に三光稲荷に祈願する者が多いと云う。
日本橋区史-初め三十郎稲荷と稱せしを、後三光稲荷と呼ぶ。
祭神-三光稲荷大神・四所稲荷大明神
(祭神-稲倉魂・屋舟豊受姫命・大口主命)
狛犬-阿吽共に厳つい顔、尾立ち、脚立ち。
三光稲荷神社-平成25年(2013年)09月03日
三光稲荷神社-平成25年(2013年)09月03日.JPG
三光稲荷神社-由緒-平成25年(2013年)09月03日
三光稲荷神社-由緒-平成25年(2013年)09月03日.jpg

池洲稲荷神社
中央区日本橋堀留町2-4-10
旧住所表示-東京市日本橋区掘留町二丁目
創建-年代不詳。
日本橋通り旅籠町に小田原より移した池洲屋敷の池沼から出現と伝わる。
日本橋通旅籠町の守護として崇敬を受けてきた。
天保2年-社殿再建。
明治6年1月16日-神田神社兼務社となる。
大正12年(1923年)9月1日-関東大震災、焼失。
昭和初期-再建。
昭和20年(1945年)2月-東京大空襲焼失。
昭和24年(1948年)10月-社殿再建。
祭神-記載文書なし。
池州稲荷神社歴史
池州稲荷神社.jpg

富沢町(とみざわちょう)
江戸初期-鳶沢町。
明治11年(1878年)11月2日-東京府日本橋区富沢町。
明治22年(1889年)5月1日-東京府東京市日本橋区富沢町。
昭和7年(1932年)-新大坂町、弥生町、高砂町、元浜町の全部或いは一部を編入。
昭和18年(1943年)7月1日-東京都日本橋区富沢町。
昭和22年(1947年)3月15日-日本橋区と京橋区が合併、中央区成立、東京都中央区日本橋富沢町。
旧日本橋区の町名は例外もあるが日本橋〇〇町となった。


富沢稲荷神社
中央区日本橋富沢町7-18
旧住所表示-東京市日本橋区富沢町
創建-年代不詳。
伝-巴熊稲荷神社と称していた。
明治6年1月16日-神田神社の兼務社。
昭和25年(1950年)-元弥生町・新大阪町・元浜町三力町それぞれの稲荷社が合祀され、富沢稲荷神社と改称。
境内社-初姫稲荷神社
祭神-記載文書なし。

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